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「しかし社長。資産価値という意味では、この絵描きの絵にはまったく、ぜんぜん、これっぽっちも、価値はないそうです」

 えーっと?


 じゃあ、まずは話のまくら代わりの小話をひとつしますね。


 そうそう。そのほうが話に入りやすいかなって想って。


 と言うのがですね、ほら、あそこにある絵なんですけど……あ、いや、右のほうの。


 そうそう。あれについてちょっとおもしろいお話があ……え?


 あー、そっか。ふつうに話し始めちゃったけど、そもそものお話の場所とか背景? とかって読んでるひとには分からないんでしたね。


 えーっと?


 じゃあ、仕切りなおしで。


 なので……えーっと? そうそう。この小話の舞台は『シグナレス』っていう喫茶店なんですけど、その喫茶店っていうのは、東京の上石神井とか千駄ヶ谷とか、まあ南砂町とか西葛西でもいいんだけど、そのあたりにある小さな小さな喫茶店で、青いとびらと小さなカウベルが目印なんですね。


 って、こんなしゃべり方で大丈夫ですかね? 敬語とかそのへんむちゃくちゃになってません? わたし。


 大丈夫? じゃあ、こんな感じでしゃべって行きますけど、またへんになったらツッコミお願いしますね。


 えーっと? で、なんだったっけ? ああ、そうそう。


 で、そこのお店のオーナーってのがその昔、と言うかいまでも描くには描いてるんだけど、そのむかし絵描きをしてたひとで、専門は油絵なんだけど、これがまあまったく売れなくて、若いころは個展なんかもしてたそうなんだけど――、


     *


「うん。この絵描きさん、なかなかいい絵を描くじゃないか。あたしゃ好きだね、このひとの絵」


「しかし社長。資産価値という意味では、この絵描きの絵にはまったく、ぜんぜん、これっぽっちも、価値はないそうです」


「そうなの? 将来的にも?」


「はい。将来性という意味におきましても、まあまずゼロ……ということらしいです」


「へえ、じゃあ買ってもしょうがないかい?」


「はい。買うならやはり※※※※のような資産価値のある絵描きの絵に致しませんと」


「あー、じゃあまあそうするか――いい絵なんだけど、お金にならないんじゃね」


「はい。ほとんどの評家も同じようなことを言っております」


     *


 みたいな感じで。ほんとに、まったく、ぜんぜん、これっぽっちも、売れなかったんだって。


 で、まあそうなんだけど、売れないからって絵を描くのを止められるようなひとじゃなかったから、ほそぼそと絵は描き続けてたし、いまも描き続けてるんですね。


 で、そうこうしているうちにその喫茶店の元のオーナーと結婚――って、そだ、言い忘れてたけど、この絵描きのひとは女性で、元のオーナーってのはもちろん男性ね。


 で、えー、その、元オーナーと結婚してお店を手伝うようになるんだけど、結婚後しばらくしてからその元オーナーが、


「部屋にしまっておくよりはさ、お店に飾ってお客さんに見てもらおうよ」


 って言って、気に入った奥さんの絵をお店の壁に飾りはじめることになるわけですよ。


 で、でもまあやっぱり売れない絵は売れない絵なワケで――ほら、売れる絵にするためには見るひとを引っつかまえて引きずり込んだりしないとダメじゃないですか?


 だけどこのひとの絵っていうのはそういうのとはちょっとちがって、なんて言うか、私の友人のことばを借りればですね――、


     *


「ほら、美術の教科書とかの絵って、なんかこう、しんどくなる時あるじゃない?でも、ここの絵ってそれとは真逆のかんじがするのよね、静かで、『つかれる感じ』がしない感じ」


     *


 ということになるらしいんだけど――分かってもらえるかな? この子の言ってる意味。


 で、まあ、以上がこの小話の前段というか背景説明なんだけど――なんかながくてごめんなさいね。


 ねー、むずかしいですね、お話するのって。


 あ、で、それで、その喫茶店によく来る大学の先生がいたんですけど――あ、ここからが小話の本番です。


 で、えーっと。そのよく来る大学の先生っていうのはイギリス文学? かなんかでけっこう有名な? 権威ある? 先生とかだったらしいんですけど、あるときその先生が奥さまを連れて来られたことがあったんですね。


 で、その奥さまが、お店の……あれ? どっちだっけ? えーっと……あー、そうそう。


 そのお店の、南側の壁に掛けられていた一枚の絵のまえに立って動かなくなったわけ。


 そうそう。それが、あの右の、あのなんのヘンテツもない大根の絵になるワケです。


 ねー、ちょうどそのころは絵の具がなかった時とかでスケッチのまま完成させちゃったらしいんですけど、アレはアレでいい味出してるでしょ?


 うんうん。で、えー、その絵のまえで奥さまが固まっちゃったんですけど、その奥さまに向かって先生がこう声をかけるんです――、


     *


「どうした? 気に入ったのか?」


「あ、いえ、なんだかちょっと気になってしまって」


「質問があるなら訊いてやるぞ」


「あ、いえ、そんな、訊いていただくほどのことでも――」


「いいんだ、いいんだ、ここの主人とは顔見知りだから。おーい、美里さん」


     *


 で、ここでその絵描きのオーナーさんが呼ばれることになるワケで――って、そっか、これも言い忘れてましたけど、元のオーナーさん――絵描きの女性の旦那さんですね――はこのときすでにもうお亡くなりになってたんですね。


 で、ここでその絵描きの現オーナーが呼ばれて――、


     *


「はい? どうかされましたか?」


「ああ、実は家内が訊きたいことがあるそうなんだが――なあ、おまえ」


「あ、ええ、まあ……ちょっと気になったというか…………、こんなこと訊くのも失礼かとは想うのですけれど……」


「はあ」


「このお大根、スが入ってませんでした?」


     *


 って、「ス」って分かります?


 あのほら、お大根とかゴボウとか、ときどき隙間が入ってるあるやつあるじゃないですか? そうそう、あれあれ。


 で、べつにあの絵って切った大根じゃなくて丸のまま一本をそのまま描いてるじゃないですか?――そうそう。


 そうなんですけど、それでもその奥さまには分かっちゃったみたいなんですね。「ス」が入ってるのが。


 そしたら、その絵描きの現オーナーもちょっとおどろいた感じになっちゃって――、


     *


「どうして分かったんですか?!」


「いや……、なんとなく……、色とか形とか?……美味しくなかったでしょう?」


「そうなんですよ。このあと何も考えずにおでんに入れちゃったんですけどね、これがまた味がしみなくてしみなくて……」


     *


 って言って、そこから女ふたりお料理談議に入っちゃうんですけど、するとこんどは、それを横で聞いてた先生が急に押し黙っちゃって――、


     *


「どうしたんですか、あなた。きゅうに押し黙っちゃって」って奥さんが訊いて、


「いや……、君たちは芸術と云うものをどう考えているのだね?」


     *


 みたいなことを訊き返して来たんですって。


 もちろん先生的にはオーナーの絵を評価してたんだけど、大根にスが入ってるとか入ってないとか言われるとちょっとちがう感じがしたんでしょうね。


 で、そう言われてオーナーもすこし考えてみたんだけど、それからそのまま、


     *


「でもね、先生」って、すっごく困ったようなすっごく真剣な顔になって、「わたし、このとき他に描くものがなかったんですよ?」


     *


 って答えたんですって。


 どう? いいお話でしょ? ……って、分かってくれました?


 うん? なんとなくは分かったけど、いつ本題に入るのか?


 え? あ、あれ? あー、ごめんなさい。本題にはいる前なのにこんなにおしゃべりしちゃって……えーっと、どうしましょう?


 え? あー、はいはい。一ページが長すぎるのもアレなんで続きは次のページからってことですね。はいはい。


 え? あ、いや、大根のお話はここで終わりで、つづきはリンゴのお話からになります。



(続く)

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