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二話

 そして本当に事は起こった。

 

 ハナコ・ヤマダが殺されたのだ。下手人はわかっていない。ハナコ・ヤマダはアルカ様の保護の元、王宮で生活をしていた。

 つまり王宮で起こった凶事である。その捜査も徹底的に行われたがついに犯人が捕まったという知らせは届かなかった。


 アルカ様はさぞ悲しまれていると思っていたがハナコ・ヤマダの殺害の報が届いた五日後夜会を開いた。

 その夜会は王都に在府するすべての貴族の当主が集められた大規模なものでありこれほどの夜会が突発的に行われるとなって予定を組み替えたり取り止めたりと大変な混乱を生んだ。

 しかし次期国王であるアルカ様直々の夜会の開催であり、その招待とはつまり命令であるに等しいので行かないわけにはいかなかった。


 夜会は王宮の一際大きな宴席場である鳳凰の間で行われることとなった。在府の貴族の当主をすべて集めたと言っても今日の夜会は供を付けるのは許されなかったので会場の空間にはゆとりがある。

 知った顔が居ないかと探してみるが皆上役などに挨拶をしているか、挨拶を受けているかで話し相手になりそうな者はいない。いつも夜会で顔を合わせるあの男も見当たらなかった。

 そこで私は仕方なく、いつも通り隅の方に目立たぬように移動して会場を見渡した。

 

 アルカ様はまだ入場しておらず、マルカスは私と同じように会場の隅で肩身を狭くしている。その顔はなぜか青ざめていたので私はどうしたのかな、と思っていると一際大きな哄笑が鳴り響いたので意識をそちらに向ける。


 哄笑の主はエルザ・リーリスであった。彼女の周りを多くの貴族が取り巻いている。エルザの父であるリーリス侯爵もその隣で貴族の挨拶を受けていた。二人はまさにご機嫌といった感じでそれぞれ貴族たちに対応してやっていた。

 そこで私はなぜエルザがここに居るのか疑問に思った。今回は在府の貴族の当主たちが呼ばれ、供を連れてくるのは許されていない。当然エルザは当主ではない、まぁアルカ様の婚約者という権利でここにいるのだろうと自らを納得させ、これまたいつものようにエルザを眺めながら葡萄酒を舐める。


 しばらくそうやっていると、会場正面にある大きな扉が開きアルカ様が現れた。アルカ様は鎧を着ており、親衛隊と見られる兵士を十人ばかり脇に控えさせていた。親衛隊たちも完全武装している。彼らの姿を見て会場には動揺の波が広がる。


 「静まれ!」


 右手を挙げ、アルカ様が宣う。


 「今日この場に諸君らを招いてたのは他でもない。我が国に巣食う奸臣を諸君らの目の前で裁くためである」

 

 先程よりも強く大きく会場に動揺の波が広がる。

 そしてまた再びアルカ様は静まれと次は叫ぶような声を響かせた。


 「エルザ・リーリス! そしてローラン・リーリス!」


 アルカ様は自らの婚約者とその父親の名前を告げた。二人は体を弾かれたように揺らし、アルカ様へと声をあげる。今この瞬間に名前を呼ばれる意味を考えれば当然である。


 「なにをおっしゃいますか! わたくしは貴方様の妻になる女ですよ!」

 「そのとおりですぞ! 儂の忠義の心はこの場に居る誰にも負けはしませんぞ!」


 「黙れ!」


 アルカ様の一喝により鳳凰の間には張り詰めたような静寂が支配する。誰もが息をひそめてこの場の成り行きがどうなるのか巣穴から外の様子を探る小動物のような警戒心を持ち探っていた。


 「エルザ・リーリス! 貴様は我が弟マルカスと通じ、聖女を殺害した後、余の命をも奪い王位を狙ったこと明白である。そしてその図を描いたのはローラン・リーリス、貴様であろう!」


 「あ、兄上!」


 マルカスは驚いたように兄であるアルカ様に近づこうとするが親衛隊によって阻まれる。顔はまだ青ざめたままであった。


 「せ、聖女とは……なんのことですの?」


 「な、なにをおっしゃってるのだアルカ様は……まったく話が見えん」


 エルザはマルカスと同じような顔色をして、ローランは本当に事態が掴めないという困惑の表情を浮かべている。


 「ハナコ・ヤマダを殺害したのは貴様ら三人の共謀であろう!」


 「なにをおっしゃる! 乱心なされたか! なぜ儂等があのような女を殺さねばならん!」


 ローランは咄嗟に叫ぶがエルザとマルカスは言葉を失っている。そんな二人を見てローランも「そなたらもなんとか言え!」と大声を張り上げる。


 「貴様ら、あくまでハナコ・ヤマダの殺害には関与してないと申すか」


 「当然でございます! やってもないことをなぜ認めねばなりません!」


 元気が良いのはローランただ一人である。エルザもマルカスもじっと固唾を呑んでアルカの出方を見ている。

 

 「では、当人に出てきてもらおう! ハナコ!」


 アルカがその名を高らかに叫ぶと会場正面の大きな扉が再び開き、そこにはそばかす顔で縮れた黒髪の小柄で貧相な女が立っていた。ハナコ・ヤマダで間違いなかった。


 「なんで! ! !」


 エルザかマルカスのどちらの声かはわからぬが、驚愕の声をあげた。


 ハナコ・ヤマダは満面の笑みを二人に浮かべるとどこからか出したナイフを左手に持ち、自らの右手の甲に突き刺した! エルザが悲鳴をあげ、貴族たちもどよめく。

 ハナコ・ヤマダから血が滴り落ち鳳凰の間に敷き詰められた絨毯を汚していく。


 ハナコ・ヤマダは顔色を変えず、血が流れる傷口を私達に見せつけている。私はすぐに異変に気が付いた。私だけではない、皆が気付き声も出ない。

 傷口が塞がろうとしているのだ。血が止まり肉が埋まっていく、右手の甲にあった向こう側が見えそうな傷がものの数秒で塞がった。


 「見たか! ハナコ・ヤマダこそ癒やしの聖女! この力により暗殺者からの襲撃を生き延びた! そのときの様子を皆に話してくれハナコ!」


 癒やしの聖女、すべての傷と病を治すとされる神の加護を持つ女。当然伝説の類であり、実在した記録はない。しかし今、目の前で起こった出来事はハナコ・ヤマダが癒やしの聖女であると示していた。


 アルカ様に話を振られてもハナコ・ヤマダはすぐにはしゃべらなかった。余裕たっぷりに周りを見渡し、エルザに目を止めるとにっこりと微笑んだ。


 「数日前の深夜、私の部屋に賊が押し入り心の臓を突き刺されました。賊は私が死んだと思い、これでエルザ様とマルカス様に喜んでもらえる、と呟き去っていきました。私はこの神から与えられた癒やしの力によって快復し、すぐに私に付けられた騎士に連絡を取り賊を尾行させました」


 「なにを馬鹿なことを! でたらめに過ぎん! 真実であるならその賊とやらを儂等の前に出してみよ!」


 ローランが声を張り上げる。エルザは青い顔をして唇を手で押さえており、マルカスは震えていた。

 ハナコ・ヤマダは口元を歪めてこんなに楽しい余興ないというふうだった。


 「もちろん、そのつもりでございます。連れてきて!」


 また扉が開くとそこには一人の男と手足を拘束された少女と言っていい女が襟首を抑えられ立っていた。


 「アルベシア!」


 「お許しくださいませ、マルカス様!」

 

 マルカスは思わずと言った調子で叫ぶ。確かにあれはマルカスの側付のメイドのアルベシアであった。

 そしてアルベシアを押さえている男を見て私は驚いた。あの男だった。夜会で顔を合わせていた得体の知れない男、彼がアルベシアの隣に立っていた。


 「私もまさか賊が女だと思わず油断しましたわ。しかし油断をしたのはこの賊も同様であったみたいですわね。尾行されてるとも気付かず飼い主のもとにまっすぐ帰るなんて、とってもおバカさん」


 「そしてこちらが私を刺した凶器でございますわ」


 ハナコ・ヤマダは一本の短刀を投げ捨てるように放る。それは血の脂がべっとりと乗ったリーリス家の紋章が入った守り刀であった。


 「アルベシアが賊だと、どのような証拠があって!」 


 マルカスが声を張り上げる。あの男があんな大声をあげているのを見たのは私は初めてであった。


 「証拠? 被害者である私の証言と、その女が所持していた凶器の短刀、さらに自白でございますわ」


 「自白? アルベシアがそのようなことを言うはずがない!」


 「いえ、自白なさいました。こんなふうに、ね」


 勝ち誇った笑みを浮かべながら指を鳴らすとアルベシアの隣に居た男が顔色を変えず抜刀しアルベシアの右腕の肘から先を斬り飛ばした。見事な手並みであった。


 「あぁあああ! ! !」


 堪らずアルベシアは痛みに絶叫し這いつくばる。そのアルベシアに血がかかるのも気にせずハナコ・ヤマダは近づき、手を翳す。


 「し、信じられん……」


 誰ともともなく、呟いた。すべての者が同じ感想であっただろう。

 斬断されたアルベシアの肘から新しい腕が、真っ白な腕が生えてきたのだ。


 「彼女はよく訓練されてましたわ。なんたってこれを三度も耐えたんですからね」


 ドレスには血が撥ね、その美しいとは言えない顔にも血がついている。私はその顔を見たとき、真実はどうあれ今この時をもってしてアルカ様とハナコ・ヤマダはマルカスとエルザ・リーリス、そしてローラン・リーリスを叩き潰す気であると確信した。


 「アルベシアの申すところによるとエルザ・リーリスは自らの嫉妬心に狂い、マルカスに癒やしの聖女たるハナコ・ヤマダの殺害を依頼し、ローラン・リーリスもこれに協力した! そして後々は余の命をも狙い王位を奪う計画であったという。これは国家に対する大逆である」


 「でたらめだぁ! ! ! その凶器もでっち上げに過ぎん!」


 ついにローランが発狂したように叫ぶ。ローランも一角の人物である。いま自分が置かれている状況をはっきりと認識した。彼らにとってここは夜会の会場ではない、断頭台だ。必死にもなる。


 「真実ですわ。証言がありますものねぇ」

 

 ハナコ・ヤマダは這いつくばるアルベシアの髪を掴み、顔をあげさせ「ねぇ聞かせて」と囁いた。


 「わ、私はマルカス様とリーリス家の策謀に協力し、癒やしの聖女であるハナコ・ヤマダ様を殺害しようと致しました」 


 「これがすべてです」


 アルカ様の権力と神の加護を与えられたハナコ・ヤマダの力、物証とされるもの、そして証言。これでアルカ様たちは押し切るつもりだ。


 「予はこの場で悪逆の徒であるローラン・リーリスとエルザ・リーリス、そして愚弟マルカスを断罪するつもりだ! 有り体に申せばリーリス家は減封の上、最北領ツーガレに転封、マルカスは投獄! 言うまでもないが予とエルザの婚約は破棄する!」

 

 「そんな馬鹿なことあるかぁ! もっとまともな調査と裁判を……!」


 「必要ない。なぜならここには在府すべての貴族の当主が揃っている。これ以上の裁判の場など、ない」


 すべてが仕組まれていたのだ。もはや真実もくそもありはしない。力を持つ権力者が別の気に入らない権力者を屠殺するためにこの場は設えられたのだ。


 「決を取る。リーリス家の減封転封とマルカスの投獄に賛成するものはその場で跪け」


 ローラン・リーリス、エルザ・リーリス、マルカスを除くすべての者が膝を屈す。当然私も同じだ。ここで異を唱えるものなど居なかった。

 真実も公平性も必要なかった。それっぽく見えるものを強者が示してくれればそれに従えばいい、これが封建社会のすべてだ。


 「き、貴様らぁ……このようなことを許せば明日は我が身であるとなぜわからん」


 顔色を赤黒く染めたローランが吐き出すように、絞り出すように言う。

 そうだろう。アルカ様の権力とすべてを癒やすハナコ・ヤマダの加護を合わせればどんな無理も押し通せる絶大な力になる。

 

 明日は我が身、そうかもしれない。しかし今日はお前なのだローラン・リーリス。お前を庇い立てして今日断頭台に登るわけにはいかない。


 すべての者の無言が答えであった。

 

 「ア、アルカ様! 誤解でございます! わたくしはそのような謀とは無関係でございます。その守り刀も誰かに盗まれたものなのです!」


 ようやく我に返ったと見えるエルザはアルカ様に縋ろうとして親衛隊に阻まれる。


 「ふん、なにを今更。見苦しいぞエルザ」


 羽虫に向けるような、なんの感慨もない視線をアルカ様はエルザに飛ばし、親衛隊に連れて行けと首を振る。


 「離せ! 一人で歩ける! この件必ず王に上奏し後悔させてやるぞ! 」


 脇を押さえられようとするがローランは堂々と会場を後にする。


 「兄上! お許しを! マルカスが愚かでございました! 御慈悲を! 御慈悲を! ! !」


 マルカスは哀れにも引きずられるように連れて行かれた。


 「アルカ様! 目をお覚ましになって! わたくしは無罪でございます! このような理不尽、許されませんわ!」


 同じようにエルザも引きずられている。あと少しで扉から出て、外の闇の中に姿が消えるその時。


 「兄上、お待ちを」


 声が聞こえた。マルカスの声ではない。

 

 はっとして私は私の唇を触った。今、声を出したのはどうやら私のようだった。


 「どうした、我が弟。ハルリア」


 私の名前はハルリア・ドーソン、この国の第三王子である。しかしみそっかすのマルカスよりもさらにみそっかすである私はなんの権限もなんの力もない。

 どうかすると私が第三王子であるということすら知らない者も居るだろう。知っているものにさえ居ないもの扱いされる私はその程度の男なのだ。


 夜会で顔を合わせるあの男がこちらを心配気な表情で見ている。あるいは彼は私に友情を感じていてくれていたのかもしれない。それほどに気遣わしげな視線であった。


 「確かにリーリス家の悪逆非道、許せるものではありません」


 「ほう、それで?」


 「しかしながら、これまでのリーリス家の王家への無私の忠義これもまた隠れなき真実でございます」


 面白いと言わんばかりにアルカ様は目を細める。それは犬がどんな芸を見せるか楽しむといった色であった。


 「リーリス家の血を絶やすのはあまりにも無慈悲というものでございましょう。私がエルザ・リーリス殿のお世話をしたいと存じます。お許しをいただきたい」


 「くっくっ……はーはっはっは」


 けたたましくアルカ様が笑う。これほど笑い声をあげるのはこれまでにないことであった。


 「良いだろう。もはやふたりきりの兄弟の願いである。許そう」


 その瞬間、エルザ・リーリスが初めてこちらを見た。美しい顔を涙で濡らしていた。エルザと私の視線が絡み合う。初めてエルザに認識されたと感じた。


 今日からこの女は私のものだと強く思った。


 

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