人は見かけによらない その三
学校の敷地内には三階建ての学生寮が、七棟並んでいる。
南側の陽当たりの良い棟が、さきほど青目さんが入っていった女子寮である。俺の部屋はその北側に建つ男子寮の一階だ。
寮には消灯時間があるものの、週末は消灯後もデスクライトは使えるので寮生は自由に夜更かしをして過ごす。
俺がジャージに着替えて紅茶を入れて自分の部屋の椅子に座って一息付くまでの間、俺の部屋に転がり込んできた橋田は、俺のベッドに寝転んで漫画を読んでいた。
「勝手に俺の部屋でくつろぐなよ。まあ、いいや、橋田も飲む?」
入れたての紅茶を差し出すと橋田もベッドに座り直し「ありがと」とマグカップを受け取った。
「あれは、青目さん?」片手に持っていた漫画を置いて一口紅茶をすすると橋田はこちらを見た。
「ああ、よく分かったな。ってか、どこで見てたんだ。いや、見て俺が帰ってきたの知っていたならもっと早くドア開けろよ」
「いや、ごめんごめん。若木くんと青目さん、二人良い雰囲気で帰ってきたと思ったから、もうちょっと話し込んで時間かかると思ったんだよ」相変わらず人をからかうような笑い顔だ。
「いい雰囲気なもんか。ただバイト先が一緒で今日はシフトも一緒だったから同時に帰ってきただけだ」
「そうだったんだ。青目さんがバイトねぇ。意外だよ」
橋田は自分の頬に手を当てながら、窓の外を見た。窓の外は女子寮だが、当然、青目さんが見えるわけではない。
「確かに、あんまりバイトしたり、活発に外に出るようなイメージ無かったけどな。実際、俺も少ししか話してないけど、意外と普通の女子だったよ」
「バイトってどこだっけ?」
「駅前の手羽先屋」
「あぁ、あそこか。一度、部活の先輩に連れて行ってもらったな。あそこの手羽先、美味しいよね」橋田はそういうと目を閉じて上を向く。その時の手羽先の味を思い出しているのだろうか。
「人気あるからな。今日は何皿出したかわからんぐらい手羽先出たぞ。もう体に匂いが染みついている気がする。あと居酒屋はうるさいからな。バイトの先輩も声がでかすぎて耳がおかしい感じがする」
一応シャワーを浴びはしたが、まだ鼻の奥に手羽先の匂いが残っているような気がするし、耳には先輩の大きな『いらっしゃいませぇ!』という声が反響している気がする。
「確かにちょっと匂う気がする……」橋田が眉をひそめる。
「そんなことあるか! 気のせいだ。しかしバイトの先輩の声はどうにかしてほしいな。無駄に元気だし、ガサツだから大変なんだよ」
「へー、そうなんだ。なんか、見たことないけど、イメージできそう」
「この前も、そのバイトの先輩の字が汚すぎて、発注ミスがあってさ。酒問屋が間違えてビール10樽も持ってきちゃって大変だったんだよ。先輩だけど、もう少し落ち着いてほしい」
人の苦労話は楽しい物らしく、橋田はケラケラと笑っている。こいつも少しはバイトして苦労した方がいいのにと思う。
「まあでも、そんなガサツな人でも俺達バイト新入りの教育係みたいな感じで、面倒見は良いから、悪い人じゃないとは思うんだよな。名札も作ってくれたし」
つい面白おかしく言い過ぎて、俺は先輩をなんとなくフォローしてしまった。
その様子が可笑しかったのか、橋田のケラケラ笑いはしばらく続いた。