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若木テルは悩む  作者: デゴチ
7/13

人は見かけによらない その二

 青目さんが泣き出したのは、居酒屋のバイトとして正式に採用されたその日の仕事終わりの直後だった。


 その日の仕事を終えて、青目さんと俺は店のレジ裏のスタッフルームに入って着替えた。

 着替えと言ってもエプロンと名札をしまうだけなので男女関係なく、青目さんと同時に帰り支度をした。

 スタッフルームの壁の棚には、店で使う割り箸やキッチンペーパーなどの備品がぎっしり詰め込まれているので、一七歳の日本人男子としては平均的である身長一七〇センチの俺でも窮屈に感じるほど天井が低く、狭い。

 狭い中、俺はできるだけ青目さんにぶつからないようにエプロンを脱いでクルクルと畳むと名札とまとめて棚に置いた。

 雑な俺とは対照的に青目さんは名札を外し、脱いだエプロンで丁寧に包むように畳んで棚に戻した。彼女は慣れない仕事を五時間して、さすがに疲れたのか棚に戻したエプロンをボーと見つめて『フゥ……』とため息をついていた。


 着替えを終えて店の裏手にある歩道に出たところで彼女はベンチに急に座り込んで顔を伏せてしまった。俺は最初、貧血か何かで体調が急に悪くなったのかと慌てた。


 その日のバイトでは、青目さんは普段通りの働きぶりでお客さんからの注文にも笑顔で答えていた。ただ、少しだけおっちょこちょいなところがあるので、注文された料理を出すテーブルを間違えかけたり、手羽先てばさき四人前を七人前と間違えて、結局お客さんにそのまま七人前を食べてもらったりと活躍していた。

 不愛想な表情で淡々と仕事をこなす俺とは対照的に、おっちょこ看板娘として先輩やお客さんから笑顔で愛されるキャラクターの青目さんに、店長は満足げに笑いながら「んもぅ、青目さん、おバカなんだからっ! 気を付けてね」とツッコミを入れていた。


 確かに、真面目な彼女としてはミスなく仕事をこなしたいということなのだろう。「す、すみませんっ!」と毎回、何かあるたびにペコリとお辞儀をしながら青目さんは謝っていた。しかしあの程度の失敗や間違えは、人間の作業で起こるミスとしては妥当なところだろう。


 シクシク泣いていたところから立ち上がり、先に走り出した青目さんを追いかける形になりながら俺達は駐輪場に着き、停めてあった自転車に乗って学校の寮へ向かった。

 時間は夜の九時半。周りはすっかり夜の街になっていた。


 駅前のバイト先から学校へは、上り坂が続く。

 それもこれも、街から少し離れた田畑が広がる岡の上の農地に、我が母校があるためだ。

 そこそこ大きな学校なので、ある程度の敷地を確保するためには街の郊外に作らなければならなかったのだろう。

 緩急のある上り坂を二人そろってハァハァと息を上げながら自転車をぐ。


「今日も忙しかったね」

 俺は、呼吸の合間に言葉を吐き出す。さっきまで泣いていた青目さんの気を紛らわすために、何か話をした方が良いかと思っていた。

「帰りのこの坂は、キツイね」

「そうですね」

「もうだめ、青目さん、俺の尻叩いて気合入れさせて!」

「そ、そんな、できませんよぉ」

「ハハハ、冗談だよ、冗談」

 青目さんは冗談を真に受ける性格みたいだなぁと思った。


「ハァハァ……、今日は、いろいろ、すみません、でしたっ。ハァハァ……、いろいろ、ミスしちゃって」数回に一回は立ち漕ぎになるほど必死に自転車を漕ぐ合間に、律儀にまた謝った。


「いや、気にしないでよ。あのぐらいなら、よくあるよ。それよりも、皆に可愛がられて、店の、雰囲気は、ハァハァ、良かったと思うよっ!」

 帰り道、最後の最も急な上り坂を上り切ったところで、二人同時にサドルに座った。

 お互い上り切った満足感で、顔を見合わせて自然と笑顔になった。


 結局、泣いた理由は聞き出せなかったが、青目さんは少し笑顔が出せるぐらいには気分が戻ったのかもしれない。

 ひとまず、それだけでも良かったと思おう。


 俺達は真っ暗な校門を抜けて、あまり音をたてないように寮の駐輪場に自転車を置いた。

 寮の週末の門限は夜の九時だ。バイトをして遅くなると門限には間に合わない。

 今は九時四十五分。完全に門限アウトだ。

 門限破りは寮生には厳罰となるので、届け出の上では俺達二人は帰省していることになっている。

 ただ、青目さんも俺も実家は隣の市だ。バイトの後に実家に帰るのは大変なので、門限に間に合わないことが分かっているこんな日は、慣れた寮生は在寮の友人に協力してもらい、寮の裏口から寮に入るという柔軟な対応をしている。


 青目さんも女子寮にいる友人に連絡をして、女子寮の裏口を開けてもらい「じゃあ若木くん、おやすみなさい。バイバイ」と手を振って寮に入っていった。


 俺も在寮しているはずの友人に携帯電話で一言『おう、帰ったぞ』とメッセージを入れて、五分後にやっと開いた男子寮の裏口から寮へ入った。

 そこには、いつも通りのヘラヘラした笑顔の橋田がいた。

「きゃぁー! おかえりなさいっ、あなたぁ!」コッソリしなきゃいけないのに大声でふざける橋田。

「わ! やめろ、大声出すな!」俺も思わず大声で返事をした後、指導寮生が廊下に顔を出す前に自分の部屋に駆け込んだ。


「あははっ、もう、大声出さないでよ、若木くん。見つかっちゃうじゃない」そういいながら、橋田が腹を抱えて笑っている。


 何で俺の部屋にお前も入ってくるんだ、橋田。

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