人は見かけによらない その一
若木テルさんがいろいろと面倒なことで悩まされる話の続き、別のエピソードです。
俺、若木テルには悩みがある。
なぜ俺はいつも心穏やかに過ごすことができないのだろうか。
普段から、なんらかの厄介ごとに巻き込まれているような気がする。
今、俺の目の前には、思春期真っただ中の悩み多き少女がいる。
少女は座り込んでシクシクと泣いている。
時刻は土曜の夜九時二十分、場所は駅前の居酒屋の裏手にある、細い歩道に置かれたベンチである。夏休みの終わった九月の中旬。昼はまだ暑い時期だが、夜になると涼しいを通り越して少し肌寒い。
「どうしたんだよ、とりあえず帰ろう。な? 寒くないか?」
寒くて暗い歩道のベンチに座り俯いて泣く彼女の横に、俺は並んでしゃがみ込み、静かに声をかける。
もともと童顔で身長が低く、腕や脚、指先、首などすべてのパーツが折れそうなほど細い彼女が背中を丸めて座り込んでいるので、まるで小動物のような雰囲気だった。
どうすればいいんだ、この状況……。
途方に暮れて天を仰いだところで、くしゃみが出た。
俺の大きなくしゃみの音に、隣の彼女は俯いたまま『ビクッ』と肩を震わせた。
青目静夏は俺が週末にアルバイトをしている居酒屋のバイト仲間だった。
仲間と言っても、実際は仲間というほど仲が良いわけでもない。同じ学校の同学年ではあるが彼女のクラスは建築学科で、俺の電気工学科とは別である。
うちの学校では高学年になると単位を取る講義を選べるようになるが、低学年はクラスが違えば、一緒に同じ講義を受けることはない。
二人とも二年生であるが、この二年間の間に会話したことはこれまで一度もなかった。
会話したことは無かったが、俺は青目さんのことを知っていた。
彼女は二年生ながら学生会の書記をしており、部活の予算委員会で見かけることがあったからだ。
名は体を表すとはよく言ったもので、静夏という名前の通り、彼女は物静かな雰囲気で、委員会でも粛々と議事をメモしているだけで、彼女が声を出した場面を見ることはなかった。ただ、委員会の前後では、議事録のノートを忘れたり委員会の会場の教室を間違えたりと、うっかりミスが多い雰囲気があった。
真面目で大人しい優等生タイプと見せかけて実はおっちょこちょいなところがあるというギャップがまた、良いキャラクターをしているなと思っていた。
「……すみませんでした。少し、取り乱してしまいました」
俺のくしゃみの音に驚いて泣くのを一瞬忘れて、少し落ち着きを取り戻した青目さんはそう言って顔を上げた。「えっと……若さま?」
「違う、若木な。ってその名前で呼ばないでくれ……。バイト先でさんざんそれでイジられまくったんだから」
俺は苦笑しながら訂正した。
バイトでは二週間の試用期間を終わり、一通りの仕事を覚えて正式に採用された。正式採用初日の今日、店で勤務中につける名札を用意してもらったのだ。
その名札にはバイトの先輩達が新入りの様子を見て考えたニックネームが書かれていた。
俺の場合、それが『若さま』だった。
もちろん、若木の『若』からの連想なんだろう。
俺は比較的、仕事を効率よく覚えられたので『未来の店長候補の 若さま です』という名札になっていた。
「そうですよね、嫌ですよね。ごめんなさい、無神経でした。はぁ、やっぱり私、ダメですね……」
そう言って青目さんは首を振る。軽くウェーブのかかったボブカットの髪が、ふわふわと揺れる。
「いやいや、嫌じゃないよ。冗談だよ。好きに呼んでいいよ」
手をひらひらと振って笑うが、俺はできるだけこの落ち着いた状態を維持しようと内心緊張していた。
「さ、青目さん、夜も遅いし、寮に帰ろう。青目さんも友達に裏口開けてもらえなくなるかもよ」
「あっ、そ、そうですね。すみません、急いで帰りましょう」そういうと彼女は立ち上がって自分の自転車を止めてある駐輪場に向かって走り出した。
突然走り出したので、俺は慌てて青目さんの後を追った。




