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若木テルは悩む  作者: デゴチ
10/13

人は見かけによらない その五

 夜の女子寮。

 今日も私は寮に帰ってお風呂に入り夜八時の点呼を受けてから宿題を終わらせる、という毎日のルーチンをこなして、自分の部屋で雑誌を読んでくつろいでいた。


 私、町野里子はあまり悩まないタイプだ。


 なにごとも、できる限り、即断即決する。白黒つけてスッキリしていたいからだ。

 子供のころから、この性格は変わっていない。

 即断即決だと、これまで間違った判断をしてミスをしたり損をしたりすることもあったが、今回のケースは私なりに良い判断ができたはず……と信じたい。

 そんなことを考えながら、勉強机の椅子にだらりと座って雑誌のページをめくっていた。


「町野さん、今ちょっといい?」

 ドアをノックして青目さんがヒョコリと顔を出した。

「あー、青目さん、うんうん、いいよー。入ってよー」雑誌を置いて手招きをして、自分のベッドを指差す。

 寮の部屋は二人一部屋で狭いので、来客はベッドに座るしかない。


「今日は、その……、いろいろありがとうね」ベッドに遠慮がちに座りながら、青目さんは笑顔でそう言った。

「いやいや、特に何をしたってわけでもないし、私はただ話を聞いていただけだし」

「そんなことないよ! なんだか私、悪い考えになっちゃいそうだったから、今日みんなと話せて良かったよ」

 青目さんは両手を胸の前で小刻みに振り、微笑む。ウェーブのかかった髪も揺れる。可愛い。

 同じ歳なのに、なぜ私に出せない可愛らしさを持っているのかと思いつつ、この子だけは守ってやらねばという使命感みたいなものが湧き上がってくる。

 たぶん、彼女のバイト先の店長さんや若木達も、同じ気持ちだったのだろう。


「紅茶飲む? 淹れてくるから、ちょっとそのバイトの話とか、いろいろ聞かせてよ」

 消灯までの一時間。新しい友達とのおしゃべりが楽しめそうで、私は足取り軽く給湯室へ向かった。



 話は夕方に戻る。

 文化祭の予算委員会が終わると、青目さんはスッと片づけを終えて大講義室から出て行ってしまったので、私と若木はひとまず自分達の教室に戻った。

 青目さんの話を人目につかないところでするためだ。

 私はため息をつきながら椅子に座り、だらりと背もたれに寄りかかる。


「結局、若木は青目さんが泣いていた理由を直接、聞けてないのね」

「そりゃそうだよ。泣いている時に聞いたけどあの子は何も言わなかったし、そのあと改めて聞きにくいだろ」

「やっぱり、仕事がつらかったのかしら」

 若木は窓際の柱にもたれて立ち、腕組みをしながら口をへの字にしていた。

「そうなんじゃないかな。あの子は真面目そうだから仕事上のミスで過剰に凹みそうな気がするし」

「そうだったら励ましてあげたいけど、突然『お仕事、頑張ってね』って切り出されても青目さん困惑するよね。うーん、どうしたらいいんだろう」

「うーん、ねぇ。どうしたらいいんだろ……」

 若木は私が座っている席の机に両手をつくと、ため息交じりにつぶやいた。



「ららら、忘れ物ぉ~、って、あっ! ごめん、お二人、邪魔しちゃった?」

 突然、教室の廊下側から声が聞こえたので教室のドアに目を向けると、こちらを見て固まっている橋田くんがいた。


「橋田くん? ち、違うの!」

「何が違うんだよ。よう、もう部活終わったのか」若木は腰に手を当てて伸びをしながら橋田くんに声をかけた。

「うん、先週、大会があったから今週は練習が軽めなんだよ」

「そうか、お疲れさん。って邪魔ではないし、むしろもう一人の意見も聞けるので都合良いよ」

 若木は橋田くんに向かって手招きをする。

 あんなに『内密に』的な感じで話していたのに橋田くんをあっさり巻き込むあたり、若木の橋田くんに対する信頼感がすごいと思ったけど、おそらく本人はそれを無自覚なんだろう。


 若木は土曜に起きたことを橋田くんにも説明した。

 バイトのことはもう話をしていたらしいが青目さんの事件については全く話していなかったらしい。

 若木、橋田くんを信頼しているのかいないのか、どっちなんだよと内心ツッコミを入れる。


「土曜のバイトでそんなことがあったんだね。青目さんって建築科の青目静夏さんだったよね。若木くん、水くさいじゃない。話してくれたら良かったのに」

「言えるかよ、こんな微妙な問題。でも気になったから、一応、町野さんにも意見求めてやっぱりなんとかしようって話になったんだよ」

「一応って何よ」

 言葉に全く私への配慮がないが、若木も若木でいろいろ配慮していたらしい。


「で、結局、俺達の結論としては、青目さんは仕事のミスで凹んでたのかなということで町野さんに一度、声をかけてもらおうと思ってるけど、どうかな」

 私と若木はそろって橋田くんを見る。橋田くんは、いつもの笑顔が一瞬消えて、無表情で床をじっと見た。

 普段明るい橋田くんが静かになり、その異様な雰囲気に私は戸惑い、一瞬の沈黙をとても長いものに感じた。


「若木くん、ちょっと聞いても良い?」

 その一瞬の沈黙はすぐに橋田くんのいつもの明るい声で消えた。

「おう、なんだ?」

「青目さんと若木くんは、二週間前からバイトの試用期間で働いていたんだよね」

「ああ」

「その二週間の間、青目さんの働きっぷりは、特に変わらない感じだった? 最初はちゃんと仕事していたけど、後半は雑な仕事になっていったとか、そんな変化はなかった?」

「青目さんはずっと真面目に仕事していたよ。まあ、意外とおっちょこちょいなところあるから、軽いミスはあったけどな。特に二週間で変化はなかったよ」

「そうなんだね。青目さんがもし泣くぐらい仕事が辛かったら、バイトの試用期間の間に『もうやめよう』とか思って正式に採用される前に辞めちゃうかなと思うんだ」

 若木くんは軽く手を叩いて両手を軽く広げた。

 私には何かのショーが始まるかのように見えた。


「もちろん、青目さんとしては辞めるって言い出しにくくて、積もりに積もったストレスが土曜日に限界が来たのかもしれない。まあその場合は僕らが理由を推理することはできないね」

「まあ、他人の気持ちは分からないものね」

 私は橋田くんの話に聞き入っていた。

「だから、土曜日に泣いちゃった直接の原因はその日のバイトの時に発生したと考えよう」


 橋田くんは、だんだん普段の好奇心旺盛な笑顔になっていた。

「その日に何か特別、泣くようなことか。うーん、ガラの悪い客もいなくて、トラブルは無かった気がするが……」

 若木はあごに手を当てて記憶をたどっている。

「当日のお店には、お客さんを除いて誰がいたんだっけ?」

「その日のバイトでは、青目さん、店長、先輩が入っていたよ。普段と変わらない顔ぶれだよ」

「その先輩は、例の字が汚い先輩だね」

「そうそう」

 若木が笑う。

 橋田くんは若木からバイト先のことを聞いているようで、ある程度、店の状況を知っていた。

「そこまで来ると、当日、それまでの二週間から何か変わったところは他に……」

 また橋田くんは無表情になって床をじっと見て固まった。


 橋田くんの沈黙は長かった。一分ぐらいずっと黙っていた。

 普段の明るい笑顔と違う、落ち着いた表情もカッコいいと私は思った。


「あ、店を出る直前の更衣室で、青目さんはエプロンを丁寧に畳んで、名札をそれに包んで棚にしまったんだっけ」

「ああ、そうだよ」

「名札を包んで、か。その名札は、先輩が手書きで書いてくれたんだっけ?」

「そうそう。青目さんも俺も手書きの名札を胸につけて仕事してたよ」

「若木くんの名札は、名前だけじゃなくて『将来の店長候補の 若さま です』と書いてあったんだよね」

「よく覚えているな、ああ、そうだよ。それが何か関係するのか?」

「ふふ、なに? 若木、名札にそんなこと書いてあるの? ウケる」

 急に変な肩書が出てきたので、私は思わず笑ってしまった。

 なんだか、結構重い問題について悩んでいるのに、皆で相談していると安心感からか、つい笑顔が出てしまう。

 青目さんに失礼かしらと、少し反省する。


「そうなると、分かってきたよ。たぶん、いや、名札の肩書がどうなっていたかは正確には分からないけど、青目さんの名札、もしかして苗字やあだ名ではなく、名前が書いてなかった?」

「そう、そりゃ名札だから、名前を書くさ。でもなんで苗字やあだ名の可能性を除外したんだ?」

 一瞬、若木は呆れた顔になったが、すぐに名前にこだわった橋田くんの意図が分からないという顔をした。


 橋田くんは、やっとここでいつもの笑顔に戻った。

 彼は若木の質問には答えずにさらに質問を続けた。

「名札に書かれた青目さんの名前、ひらがなで書かれていたでしょ?」

「そうだよ、ひらがなで『しずか』って書いてあったよ。なんでそこは断定できるんだよ?」


「あー、スッキリした。なるほどね。じゃあ、たぶん、分かった」

 橋田くんはサッパリとした口調で言った。


「は? 分かったって、青目さんが泣いた理由が?」私と若木は橋田くんとは対照的に、まったくもってスッキリしない怪訝けげんな顔で聞き返した。


「うん、そう」

 橋田くんは安心感も混ざったような満面の笑みで答えた。

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