9、地下室
ヒーに地下室の鍵を渡された。
それは、この女性を地下室に持っていき、そこに置いて来いということらしい。行ったことはないが、地下室への階段の場所はわかる。
フーはポケットに鍵を入れ、床に倒れている女性の足を持った。たった4歳のフーが大人の女性を持ち上げることができるはずがない。こうして引っ張って引きずっていくしかない。
死んでいる人間は持ちにくく、とても重かった。死体の足首に爪が食い込む。
すでに応接室から廊下に出るだけで、それが人間だったものではなく、単なる死体としか考えられなくなった。ここで尊厳を重視して運んだところでコレは自分を助けてくれることはない。とにかく運んでしまわなければならないお荷物でしかないのだ。
地下室への階段に差し掛かった時にはフーはもう、それを持っていることすらできなかった。階段の上から押し込むようにして突き落とした。力なく階段に叩きつけられる死体は重く、途中で止まってしまう。それをまた上から蹴って落とした。
地下室の扉の前に立つと、そこは薄ら冷たい空気が溜まっていた。鼻をつく臭いが立ち込めている。
体中の毛が逆立つような嫌な感じがする。
フーは鍵を挿し、取っ手をまわした。ギっと音を立てて重い扉が開く。
中から腐臭が這い出てフーを取り囲んだ。
「うえっ、うえっ」
たまらず吐いてしまう。涙と吐き気が止まらない。
一刻も早くここを去らないと、この臭気に気が狂うだろう。フーは死体をひっくり返し、脇の下に手を入れてそれを引っ張った。ずず、ずずと死体は引きずられ地下室へ運び込まれる。
地下室の中には大きな寝台がひとつあった。場違いなほどにきちんとベッドメイクされている。そこにこの死体を乗せるのは無理だろう。
寝台の向こうには、見慣れない機械がたくさん置いてある。それから大きな風呂おけのようなものが二つ。
ひとつは空で、もう一つには腐臭の元となる物が見えた。
「うえっ、ぐっ、ううっ」
あそこに捨てるのだ。
何度も嘔吐きながら部屋の奥まで死体を引きずり、そして持ち上げた。力のない死体はなかなか持ち上げられず、見開いた目がこちらを向いたまま倒れ込んでくる。持ち上げるのは無理だと悟り、風呂おけのふちに上り、足をかけておいた死体を引っ張り上げた。
地下室から出てくると、階段の上でヒーが待っていた。
「応接室と廊下は僕たちできれいにしといた。階段も僕がやるから、地下室は任せて良いかい?」
そう言って掃除道具を渡されて、フーはまた地下室に戻った。
死体から出た液体をふき取り床をきれいにする。しかし腐臭がひどくて、本当にきれいにできているのかわからなかった。なんとか見えなくなるくらいにふき取り、やっとのことで掃除を終わらせた。
それでも、他のところはヒーとミーがやってくれたのだ。
掃除が終わるとフーは外で水を浴びてきた。衣服もすべて着替えたが、その日はずっとあの腐臭に悩まされた。