8、お茶
「それで、聞きたいことというのは?」
今度はトクシックのほうが女性に聞いた。
女性が返事をしようとしたとき、バタンと音を立てて扉を開け、ミーが顔を出した。
「お父様! 本を探してくれるって約束、」
無邪気な子どものように入ってきたミーは、客の姿を見て口を閉じた。
「お客様がいらしてるんだ。本を探すのは後だぞ。それに、応接間に入るときはもっと静かにしなさい」
「はあい、ごめんなさーい」
いつものミーとは違い、まるで普通の親子のような言葉遣いをしている。フーは、そんなことをして大丈夫なのか、ハラハラした。しかしトクシックが怒る様子はない。むしろ、優しい父親になりきっているようだった。
「先にこの本を元に戻してきておくれ。ああ、ちょっとすみません」
トクシックは懐から小さな本を取り出すと、それをミーに渡すために立ち上がった。そして職員に軽く断りを入れると、二人で少しの間廊下へ出た。
それで、手持無沙汰になった女性は、目の前のお茶に気づいたのだろう。カップを持ち口に運んだ。
フーは、廊下に出たトクシックとミーに気を取られていた。
その時、ダンと大きな音がした。振り返ったフーが見たものは、泡をふいて倒れた女性の姿だった。
「あ」
とっさに駆け寄ろうとしたところを、ヒーに静かに止められた。
女性は体を震わせ、目をギョロギョロと動かしていたかと思うと、何度かビクンビクンと痙攣し、そしてそのまま動かなくなった。
ヒーはまだフーを止めていた。そして女性が動かなくなって少しすると、開いた目や口や鼻から濁った液体が流れ出てきた。それを見るとヒーはフーを止めていた手を緩めた。
死んだ、ということがわかった。
いつの間にか廊下にいたはずのトクシックは部屋に戻ってきていた。
そして何も言わず、フーを殴り始めた。
最初はなぜ殴られるのかわからなかった。何かをやらかしただろうかと必死に思いめぐらすと、この女性に言った一言が思い出された。「助けてください」と言った女性は死んだ。助は来ない。それどころか、それを聞かれていたのだろう。トクシックは執拗にフーを殴り蹴り、踏みにじった。
こんな時に呻いたり泣いたり、謝ったりすることが逆効果だということは経験で知っていた。フーは絶対に声を出さず、ただ殴られ続けた。
トクシックの気が済んだのか、ふとトクシックの気配がなくなった。それでもフーは床の上に丸まって倒れていた。そうしないと、無防備な頭を蹴られてしまうからだ。安全になるまで丸まっているしかない。
「立て」
トクシックの声がした。
「はい」
フーは顔をあげて、なんとか立ち上がった。体中が痛くて立ち上がるだけで体がブルブルと震えた。
「ソレを捨ててこい」
いつもは何を言われても「はい」とだけ答えていたフーだったが、この時だけは「え?」と聞き返した。
そして「え?」などと答えれば決まって殴られるはずなのに、その時のトクシックは不気味な笑顔を作るだけだった。