75、瓶の中の魔法
トクシックは立ち上がり、ヒーの方に手を伸ばした。
「ヒー!」
棒を返せと手を伸ばすが、ヒーは後退さった。トクシックの迫力に気押されているようにも見える。しかし違った。
ヒーはマーシェを助けたかったのだ。
たとえトクシックに反抗することで、あとで死ぬほど酷い目に合うとわかっていても、それでもフーのことだけは助けたかった。自分の身よりもフーのほうが大事でなければできないことだ。
ヒーはそのまま壁まで後退った。トンと背中に棚が当たった。
そして棒を持っていないほうの手を棚に伸ばし、手探りで瓶を取り出した。
「ヒー、やめなさい」
恐ろしい声が響くと同時に、ヒーはその瓶をトクシックに向けて投げつけた。
「フー、逃げろ!」
マーシェはすぐに反応した。転がっていた身体をくるりと転がして向こうへ逃れる。そして立ち上がった。
トクシックの足元にはヒーが投げた瓶が割れていた。
「ヒー、何を!」
それを見てマーシェはすぐに気づいた。
トクシックの魔法は、全て偽物。自分の力じゃない。トクシックの力はこの棚の中にたくさん隠されている。不思議な力を持つ鉱物や植物や液体。それらを組み合わせてまじないをかけてこの棚に並べている。この棚のものを一ミリでも動かしたりすれば激しく殴られた。
マーシェはヒーと反対側の棚に走って行き、棚に腕を突っ込んで全てをなぎ倒して棚から落とした。
「なっ何を、おのれっ」
トクシックはものすごい形相でマーシェにつかみかかろうとした。しかしマーシェのほうが速かった。残っている瓶を次々とトクシックに投げつけ始めたのだ。ある瓶はトクシックの頭に当たり、ある瓶はトクシックの足元で割れた。他の物は投げながら中身の液体が漏れトクシックにかかった。
ツンとする嫌な臭いが立ち込め、床がシューシューと泡立っている。
それを見るとヒーも手あたり次第の瓶や魔道具を投げつけ始めた。
「やめろっ、やめろっ、お前たちっ覚えていろ、そんなことを、し、て」
トクシックの足元は液体が床を溶かし、ゴボゴボと異様な音をたてはじめた。そうして渦を巻いてトクシックの足に液体が昇り始めた。
「やめろっ、ああっ、おのれ、おのれ、」
トクシックは足から溶け出し、それでもまだマーシェにつかみかかろうと手を伸ばしていた。
しかし時間の問題だった。
トクシックはドロドロに溶け、下半身がなくなってしまうともうマーシェの方を見ることもできなくなっていた。喉を押さえて自分のなくなった足をさがすかのようにウロウロと渦巻く液体の中を覗き込んでいる。
トクシックが溶けてなくなるまで、長い時間がかかった。マーシェとヒーはそれをじっと見つめていた。
そしてトクシックが溶けきった時、マーシェがヒーに駆け寄った。
「ヒー、鎖が」
「えっああっ」
なんと、ヒーの首輪から伸びている鎖がトクシックの溶けた液体の中に浸かっていた。そしてその先端から鎖が溶け始めていたのだ。
「早く外して、鍵は?」マーシェが言う。
「鍵なんて、ない。トクシックの魔法だから」
「そんな」
あのドロドロした液体が触れば、ヒーが溶けてしまう。早く首輪を外さなければならないが、鍵がないのだ。