74、反抗
地下室ー-子どもたちが一番嫌いな場所だ。
あの頃子どもたちへの一番のお仕置きは、地下室の掃除であった。地下室はいつも死体があり、ものすごい腐臭だった。そして意味もないベッドメイクや掃除をさせられる。何よりの恐怖だった。
そこに繋がれると聞いたマーシェは恐怖の顔色をして目を見開いた。
「やめて、それだけは」
マーシェが怖がると、トクシックは声をあげて笑った。嬉しそうにマーシェの顔を覗き込み、ニヤニヤとその表情を楽しむ。
トクシックが顔を近づけるとあの地下室の腐臭がする。
匂いはマーシェの子どもの頃の記憶を呼び覚ました。いつも殴られないようにビクビクと緊張していたあの日々。ほんの少しでもトクシックの気に入らなければ、死ぬほど殴られた。それでも身体の痛みはまだいい。
それより辛いのは、トクシックの異常な性質だ。ヒーやミーをいたぶるところを見せられるのも、動物を殺すことも何もかもがマーシェの柔らかい子どもの心をボロボロにした。
もう二度と、こんなところに戻りたくない。ここは地獄だ。
「首輪をつけて繋いでやるよ」
トクシックは魔法で首輪を出すと、マーシェの首につけようとした。
「やだっ、やめてええええ」
「うるさいっ」
トクシックは昔からそうだった。子どもの泣き声が嫌いなのだ。マーシェの口を大きな手でふさぐ。
「んんんーっ」
トクシックは口を塞ぎながらマーシェの身体を膝で押さえつけ、首輪を手に持った。片手では首輪がつけられないとわかるとトクシックはその首輪で顔を殴り始めた。
何度も殴りつけマーシェの力が抜けると、トクシックは首輪をつけようと、マーシェの口から手を離した。
「うわあーーーー!」
すかさずマーシェが叫ぶと、トクシックはその声にますますイラついた。
「おとなしくしないかっ」
恐ろしい声でトクシックが叫ぶ。
「いやっ、やだーーー!」
トクシックはマーシェの声が癇に障るのだ。首輪を手で付けるのは無理だと思い、白い棒を取り出した。魔法で着けたほうが速いと思ったのだろう。
「くうっ、やだっうわああああっ」
首輪がひとりでに首に巻き付く。マーシェは首輪を持って、それを取ろうとした。トクシックの魔法とマーシェの力が拮抗する。
「邪魔をするなっ」
「うぅうーっやめてえっ!」
もう首輪がマーシェの首に付こうとしたときだった。
トクシックの振り上げた白い棒が手から離れた。
いきなり手から棒がなくなって一瞬トクシックが鬼のような形相をした。そしてゆっくりとヒーの方を振り向く。
そこには、トクシックから白い棒を取ったヒーが真っ青になって立っていた。
「ヒー、返しなさい」
トクシックは低い声で凄んで言った。しかしマーシェを押さえつけているため、ヒーの方へ近づいていない。
ヒーは真っ青になって震えながら、首を振った。
精いっぱいの勇気を振り絞って、初めてトクシックに反抗したのだ。