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73、見慣れた研究室


「フー、(きみ)

 マーシェは驚いてその部屋を見渡した。

 見たことのある棚に不気味な鉱石や草や液体の瓶が並んでいる。薬のような独特の匂いと薄暗い灯り。

 子どもの頃にいた、トクシックの屋敷の研究室のような……

「ここ、まさか」

 二人とも驚愕の表情のまま見つめ合う。

 そこに扉が開く音がした。

「おやおや、やっと戻ってきたね、フー」

 トクシックが鞭を持って研究室に入ってきた。


 マーシェはすぐに剣を構えた。

 どんなに驚いていても、トクシックだけはすぐに殺してしまわなければならないことは本能でわかっていた。

 マーシェは無防備に見えたトクシックに切りかかる。

 しかし相手はトクシックだった。手に持っていた鞭を振り剣を絡める。マーシェは剣を離さなかったが、そのままトクシックに引っ張られた。

 剣を絡めたままトクシックは腰から白い棒を取り出すとそれを振った。風圧のようなものがマーシェの腹を直撃する。

「ううっ」

「親に剣を向けるとはね」

 クツクツと笑いながらトクシックは鞭をマーシェの剣から外すと、マーシェに向かって打ち下ろした。首から袈裟懸けにビリと服が切れた。首筋からは血が出ている。火傷のような熱い痛みが首筋に走る。

 顔をしかめマーシェはもう一度剣を握り直した。しかしその手を鞭で叩かれる。

「くっ」

「ほう、剣を離さないとは見上げた根性。さすが、私が育てた子だ」

「だからなんだ」

「だから? だから、お前は私の子だということだよ、フー。あんな軍隊で人の下でチンタラ働かされるより、お前は人の上に立てる器だ。大人しく戻って来ればそれなりの処遇も考えよう」

「処遇? そんなのわかりきっている。僕を奴隷のように扱うってことだ。ヒーのように首輪をつけて」

 トクシックは冷めた目でヒーを見た。それからマーシェの方を向いた。


「まあ、お前からここに戻って来るのなら、首輪などしないでやっても良いだろう。お前には剣士の血が流れているからな。お前のための奴隷を見繕ってやる」

 マーシェは眉をしかめた。

 トクシックが何を言っているのかわからない。

 ひとつわかることは、トクシックの言葉はすべてまやかしだということだ。そんなことはすでに身を持って知っている。

「奴隷なんていらない」

 マーシェは今度こそトクシックに向かって剣を振り上げた。


 しかしそれはできなかった。トクシックが白い棒を振るとマーシェは床に横倒しに叩きつけられた。

「悪い子だ、フー」

 トクシックは、身動きができないマーシェの顔を蹴った。

「うっ」

 いくらマーシェでも、頭を蹴られれば無事ではいられない。鼻の骨が折れる音がして鼻血が噴き出した。

 しかしマーシェは、魔法で体の自由が利かなくなっても、諦めなかった。

 むしろ顔を蹴られたことで、痛みのあまり魔法が効かなくなったような気すらした。うんと力を籠めて頭をずらす。そうして、トクシックが蹴るところが致命的な場所にならないように動かした。

 トクシックはさらに背中を蹴り腹を踏みにじった。憎しみと喜びを感じている歪んだ顔をしている。

「地下室につないでやる」

 トクシックが言うと、マーシェはヒクと喉を鳴らした。



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