71、土の重み
泥人形は一斉にマーシェに襲い掛かった。一体目は拳をつくりマーシェを潰そうとする。もう一体は大きな足で踏みつぶそうと、大量の泥がマーシェの上にのしかかった。重い泥の中に押しつぶされる。
泥人形たちは数体がそのまま土に戻りマーシェを圧迫している。さらに残りの泥人形がマーシェのいた辺りを殴りつける。それはそのまま土に戻りさらにマーシェの上にのしかかった。
小さなマーシェが泥に埋まり、圧迫される。
そうすると泥人形にはマーシェがどこにいるのかわからない。やみくもにマーシェのいた辺りを踏みつけ、自身の重みで土に戻った。
そのころにはもうトクシックは消え去っていた。
退避をして広場の外に出た兵隊たちはその光景を見ていた。
土は見た目よりもずっと重いことを知っている。粘っこく重い土は、たとえ団子状でもぶつけられればかなりの痛みがあるし、泥に足が埋まってしまったら自力で取り出すのが困難だ。それなのにマーシェは文字通り大量の泥に埋まってしまった。
「マーシェを掘り起こせ、急げ」
すぐにマーシェを助けなければ死んでしまう。
いや、あれだけの重さで何度も踏みつけられていたら、もう潰れてしまっているかもしれない。形があったとしても窒息しているだろう。
一刻を争う。
半分の兵隊たちが飛び出していき、マーシェのいた辺りを素手で掘り起こす。残りの兵隊は走って駐屯地へ戻り円匙を持ってきた。道具を使ったほうが速い。
重い土とはいえ、中隊全員の体力により土はどんどん除けられた。統率をもって土を掘り余計な土を離れた所へ積み上げる。声をかけマーシェのいた辺りを隈なく捜索した。
しかし、マーシェはなかなか見つからない。
隊員たちは焦りが募った。
「大丈夫だ、アイツは強い」
そう思っていても、剣が強いマーシェが泥にも強いかどうかはわからない。心配ばかりがふくらむ。
「もう少し広げよう、そっちも掘れ」
「はいっ」
ガッツェはトクシックのことを聞いたことがあった。
貴族で金持ちではあるが、変な研究をしているという。その研究の成果を計るためか、国外へ行き、不思議な力のある種族を皆殺しにしたという噂がある。その裏で孤児院に多額の寄付をしているうえに孤児を引き取って育てているというのだ。悪い噂の方が多いが、良い噂も聞く。ただわかっているのは、偏屈で少し頭がおかしいということ。
そして今、目の当たりにして思うのは、あれは狂人だということだ。
マーシェやヒーのあの恐れ方を見ればわかる。
あの男は危険だ。
マーシェが今まで、何と戦っていたのかがわかった。
「剣だ、マーシェの剣だ」
泥の深いところからマーシェの剣が見つかった。しかしマーシェは見つからない。
重い泥に押し流されて場所がずれているのかもしれない。慎重に掘る場所を広げていくが、時間ばかりが過ぎていく。
隊員たちに不安が広がる。
その時、堀った土を隅に捨てに行った隊員が気づいた。広場の端の方に広がった土に、一か所岩のような塊がある。
それが動いているのだ。
「ひっ」
彼はまだ泥人形が残っていたと思い急いで隊員たちに知らせに行った。
「なんだって? まだ泥が動いてる?」
ここで泥人形が復活したらマーシェの捜索どころか、自分たちも危ない。
ガッツェは泥の塊が動いていると言われたところに近づき、それをよく観察した。
確かに泥の塊が動いている。しかし小さい。自分たちと同じくらいの大きさだ。あのくらいの泥人形だったらすぐに倒せるはずだ。
「第二小隊準備!」
号令をかけると、第二小隊がこれから立ち上がろうとしている泥人形に突進するため隊列を組んだ。
「用意……待て!」
ガッツェはもう一度小さな泥人形を見た。
あれは泥人形ではない。マントをしている。
「マーシェだ!」
それはマーシェだった。隊員たちは叫びながらマーシェに向かって走った。