70、泥人形
兵隊たちは一斉にトクシックに剣を向けた。しかし、その時地面が大きく揺れた。トクシックと兵隊たちの間の土が大きく盛り上がり、その土が巨大な人型の泥人形となった。
「うわあっ、なんだこれはっ」
「やばい、散れ、固まるな!」
ガッツェが兵隊に指示を出す。兵隊たちは号令に合わせて散らばった。しかしこれをどうしたら良いというのか。こんなものとは戦ったことがない。
マーシェは剣を構え、風のように走った。軽い足取りで泥人形に切りかかる。しかし、手を切り落としても泥人形は動き続ける。
トクシックは泥人形を次々と作り出した。
「踏まれるな、足に気を付けろ」
マーシェは泥人形の目を狙おうと思った。ところが泥人形には目がない。それどころか生きてすらいないのだ。人形は痛みを感じることもない。
「なぎ倒すぞ! 集まれっ!」
ガッツェの声が響くと兵隊はすぐに従った。数十人が一気に集まり、両足を全員で押す。
「助走準備、押せえー!」
「うおりゃああー!」
兵隊たちの力で、泥人形は大きな音を立てて倒れた。地面に叩きつけられると、泥は元の土くれに戻り、そこに小山を築いた。
「ジョシュっ、ジョシュが埋まった」
「掘り起こせ、早く!」
「気を付けろ、次の奴が来る」
「先にジョシュを引っ張れ」
倒れた泥人形に巻き込まれて兵隊が一人生き埋めになったのを、掘り起こす間に、もう一体が襲ってくる。
「急げ!」
「残りはなぎ倒すほうに回れ、こっちだ」
現場は大混乱に陥っていた。
その間、魔術師ポレミクは、トクシックと戦っていた。
ポレミクはヒーの首輪を取ろうと魔術を繰り出している。それにマーシェもトクシックに向けて短剣を投げた。
ヒーの首輪が取れれば、ヒーを引っ張れる。
しかし仲間が泥人形にやられている。泥人形の数が多いのだ。マーシェが泥人形の手足を斬っても、それは大した反撃にはならない。どうしたら泥人形から仲間を守れるだろう。
「ガッツェ、ヒーの首輪が取れたら、全員退避してください」
「なんだって、でも」
「ヒーは魔術師に任せる。それよりあの泥の兵士は危険だ。ジョシュだけじゃない、負傷者が出てる。僕がおとりになるから、その間に逃げてくれ」
「おとりって、そんなことできるか」
「大丈夫だから、頼む」
「でもっ」
ガッツェが反論しようとした時、ヒーの首輪が取れた。
「取れた、早く! 退避!」
マーシェが叫んだ。
「おま、くそっ、退避っ、全員退避!」
マーシェの勢いに押されてガッツェは退避を叫んだ。兵隊たちが広場から走り出ていく。
これで良い。
魔術師ポレミクはヒーを取り戻そうと杖を振った。杖から光りが出てヒーを包み込んでいる。しかしトクシックはヒーを離さなかった。首輪が取れてしまうと、ヒーの髪を掴み、ポレミクに反撃する。
泥人形は数体が一気にマーシェに襲い掛かるところだった。
それを見たトクシックはニヤりと笑った。
「今日は分が悪い。フーは諦めよう」
そう吐き捨てると、ポレミクに向けてもう一度魔法を放った。雷のような光が白い棒から放たれ、ポレミクが吹き飛んだ。
ヒーを包んでいたポレミクの光りが消える。
それを待っていたかのようにトクシックはヒーを抱え込み、白い棒を振り、嫌な笑い声をあげながら消えた。