7、客
フーは毎日、室内の訓練と、屋外での攻撃の練習をしていた。そんなある日、剣の練習をしていると誰かに声を掛けられた。
「あなたはこの家の子どもですか?」
「はい」
フーは手を止めて、声の主の方を向いた。そこにはかつて自分がいた孤児院の保母と同じような服装をした女性が立っていた。
「ここの暮らしはどうですか?」
「え」
喉が締め付けられるような気がした。
ここの暮らし。
良い服を着て、自分だけの部屋で寝起きをし、食べ物にも困らない。読み書きを習い、剣の稽古をし、仕事もする。
それだけ聞けば、充実した生活だろう。
しかし、そうではない。フーは逃げ出したいほどにここの生活が嫌だった。
トクシックの機嫌を取りながら、幼い自分ができる以上のことを求められ、それでもできなければ死ぬほど殴られるのだ。しかもトクシックは怪しい実験をしていて、ヒーやミーは死にそうになったことが何度もある。それは本当に恐ろしいことなのだ。
フーは賢い子どもだった。
この女性にここでの暮らしを伝えれば、トクシックの元から逃げられるのではないだろうか。フーはチラリと目だけで周囲を見渡し、近くにトクシックがいないことを確認すると小声で言った。
「助けてください。ここは、」
そう言った時だった。
「どなたかな?」
家の方からトクシックの声が聞こえた。
フーはビクンと体を硬直させた。今の声が聞かれただろうか。かなり距離はあるが。
「北地区の孤児院の職員でございます。トクシック様にお聞きしたいことがありましてまいりました」
女性はフーのことを置いて、家の方へ歩いて行った。
「連絡もなくですかな?」
トクシックの声は落ち着いて聞こえるが、その中には苛立ちが含まれていることにフーは気づいていた。嫌な予感がする。
いや、この女性がさっきのフーの言葉の意味がわかっていて、トクシックの気味の悪さを暴いてくれれば、うまくいけばここから出られるかもしれない。たとえ孤児院に戻ることになっても、ここよりはずっとましだ。少なくとも理不尽に殴られ続けたり、死ぬほどの毒を飲まされることはない。
「申し訳ございません。しかしありのままの生活を見なければなりませんので」
女性はトクシックを恐れずに応えた。
「そういうことでしたら、仕方がありませんね。こちらへどうぞ。フーも来なさい」
「はい」
フーが家に入る時、トクシックは聞いたこともないような優しい声でフーに言った。
「お客様が来たから、ヒーに言って、お茶を淹れてもらいなさい」
「はい」
フーはすぐにヒーに客が来たと伝えた。ヒーは心得ているようですぐにお茶の準備をした。
応接室ではトクシックと女性が向かい合って座っている。そこにヒーがお茶を出した。
「このような貴族の屋敷で、子どもにお茶を淹れさせているのですか?」
女性が聞いた。
トクシックはあまり見ないような、貴族らしい取り繕った顔をして頷いた。
「ええ、この家には使用人はおりません。子どもが家のことをするのに何か不都合が?」
「いいえ。ご家庭ごとに教育方針があることは結構なことですわ。あなたもお茶を淹れたりするの?」
いきなりフーに話がふられて、またビクっと驚いてしまった。
「いえ、ぼくはまだ、やったことない、です」
女性はそこにいるフーとヒーを交互に観察しているようだった。実際、着ているものがちゃんとしているか、顔などに目立った怪我がないか、やせ細っていないか、トクシックに対する接し方はどうかを観察しているのだ。
しかし、ヒーもフーも普通の子どもだ。少なくとも衣服は上等だし、肌の露出しているところに怪我はない。
こんな状態を見ても、彼らがどんなに心に傷を負っているか、どんなに恐怖の中で生活をしているかなど見破れるはずもなかった。