67、鳥の上
鼻を突く匂いが広場に広がっている。
あの鳥が撒いた油のせいだろう。今さっきまでマーシェがいたところが黒ずんでいる。
しかしそれより気になるのはあの鳥の上に乗っていた人物だ。
「フー! 逃げろぉ」
鳥の上から叫び声が聞こえた。
鳥はマーシェの真上に飛び上がり、そして火だねを一滴落とした。
もう一度マーシェは逃げる。あの火だねもきっと悪い魔法の火だ。絶対に触ってはいけない。
マーシェが立っていたところに火だねは落ちた。
そしてそこから火があがる。さらに、油が落ちて黒ずんだあの場所へと火はまるで生きているかのように伸びていき燃え上がった。
「フー、逃げろっ」
マーシェのことをフーと呼ぶのは、ヒーしかいない。
マーシェが愕然として鳥を見上げた時、マーシェの足先に火が付いた。
やはり油がかかっていたのだ。足先だけとはいえ、火はマーシェに絡みついてくる。
ヒーに気を取られて、自分の足を動かしていなかった。
マーシェは急いで靴を脱ごうとした。しかしこの生きている火は、マーシェの身体の中に入りたがっているように、足に巻き付いてきた。
「なんだ、これっ」
火傷の痛みが強烈に走る。そしてマーシェの皮膚を突き破って内側に入ってこようとする炎。これに飲まれるのはすぐだ。
とはいえ、きっと油は足先にしかかかっていなかったのだろう。全身を火だるまにするには少し弱かったに違いない。むしろ火の方が必死にマーシェの足に食らいついてくるような感覚があった。
マーシェは短剣を出すと、足に憑りついている火を切り取る。
「ぐっ」
火は皮膚を突き破って足に入り込もうとしている。それならばと、マーシェは皮膚をえぐり取った。
そしてそれを向こうの火に投げ込む。
「こういうことだろ!」
マーシェは片足から血を流しながら立ち上がった。
「ヒー! 降りてこい!」
ここで逃げるマーシェではない。
ヒーが来ているのなら、ヒーを助けられる。あの鳥から降りてきたら、一緒に逃げるのだ。トクシックが追って来られないロズラックの中へ。
鳥が旋回してくる。
「フー、ダメだ! 逃げろ!」
鳥の上からヒーの声がする。逃げろという。
違う。逃げるのは、ヒーだ。ヒーがトクシックから逃げるのだ。今はチャンスじゃないか。
鳥はマーシェのそばにくると、また油を撒いた。
黒っぽい何かだ。液体とも気体ともつかないものが撒かれている。あれに触ってはいけない。マーシェは走って場所を変える。
「マーシェ、逃げろっ」
「危ないぞ」
広場を囲むガッツェ隊の隊員たちからも声が上がる。
しかしここで逃げられるはずがない。やっとヒーに会えたのだ。ヒーを救うのだ。
そう思った時、また火種が落ちた。