64、ガッツェ
マーシェは少しずつ立ち直っていった。
小隊長に昇進して、部下が増えたこともあり、ぼんやりしている暇もなかった。なにせ、一個中隊丸々いなくなってしまったのだから、軍としてもマーシェに早くまともに戻ってもらわなければならない。
それでも、結局マーシェが立ち直るために、仲間たちがそばにいてマーシェを励ましてくれたから、立ち直ることができたのだ。
マーシェは新しく中隊長になったガッツェの下で第一小隊長となった。
ガッツェは中隊長になったばかりであったし、マーシェも小隊長になったばかりで、二人は共に良い中隊にしようと協力しあった。特に、マーシェがずっとディコの付き人であったことはガッツェにとって心強かった。
そうして少しずつマーシェが立ち直り、小隊長という立場に慣れたころ、あの時のことを思い出した。
あの黒い鳥は何だったのだろうか。
そして、モヴェズヴィルの兵力はどのくらいあるのだろうか。
あの攻撃はなんだったのだろうか。
マーシェはあまりにも落ち込んでいて、あの時のことを記憶から遠ざけていたが、軍人として忘れてはならないことだった。
なにしろ、あの時戦って生き残っているのはマーシェだけ。あの時、あの黒い鳥を見つけることができたのもマーシェだけだ。
もしもまだ、あの鳥の攻撃を受けているとしたら、いったいそれはどういうことなのだろうか。
気持ちがしっかりしてくると、それは捨てておけない問題であった。
「今もほとんど毎晩、国境隣接地帯では夜襲が続いている」
ガッツェはそれが中隊長以上にしか伝わらない情報と前置きしたうえで、マーシェに全てを教えた。
あれ以降、あの火がどれだけ危険かが軍内で認知されると、しだいに国境隣接地域に住んでいる一般人にもその考えは伝わった。小さな火種が消せない火になると聞いては、そこに住むのが危険だと考え、城壁付近に住んでいた市民はほとんどが居を移したのだそうだ。
そしてまだ表沙汰にはなっていないが、移住をしなかった市民が数人モヴェズヴィルに連れ去られたという目撃情報もちらほらあるという。
「大っぴらに国境を越えてきているわけではないが、徐々に領地侵略されている感じだそうだ。国境警備隊も増やしているが、不気味なことこのうえない」
この中央からも、大隊につき一中隊を国境警備に欲しいと要請があるが、マーシェのいる隊は免除されていた。
「それはわかりますが、あの鳥はみんな見えてるんですか?」
マーシェがあの時のことを考えられなかった間に、事態は悪くなっている気がする。
「あの鳥って、お前が言ってた黒い鳥だろ? いや、聞いてないが、たぶんわかってないんじゃないかな」
「それって、何も解決しないですよね」
「そりゃそうだが」
ガッツェにもわかっている。
何か手を打たないと、また戦う前に、気が付けば負け戦となる可能性が高い。
ディコが死んだあの時だって、ほとんどの兵隊は何もわからずに、何が敵かも知らずに死んだのだ。
今度はそれが、ロズラック丸ごとを飲み込む規模で行われている気がする。
あの時のことを思い出したくない、などと言っている場合ではない。マーシェは国境警備に加わりたいとガッツェに言った。