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62、ディコの言葉


 ディコを抱えたマーシェはすぐにロズラックの門から入り、南西の軍駐屯地へと運ばれた。

「まだ生きてる! 早く魔術師を呼んでっ」

 マーシェは叫びながら、救護室へと向かった。

 血だらけの二人を見て衛生兵が走って来る。違う、兵隊じゃない。この傷は魔術師でなければ無理だ。

「魔術師を呼んでください!」

 マーシェは叫んだ。

 救護室の寝台にディコを横たえると、マーシェは走って出て行った。

 カイの家に行くのだ。カイの家はここから近い。

 カイならば魔術師を呼んでくれるはずだ。マーシェがカイの家に行くと、カイはマーシェが血だらけなのを見て当然驚いた。しかし見た所マーシェに怪我はなさそうであった。

 マーシェは必死になってカイに魔術師を呼んでくれと頼んだ。

「ディコが、ディコが」そう叫ぶマーシェに多くを聞かず、カイはポレミクを呼び出してくれた。


 急いでまた救護室にもどり、ディコの寝台に近づくポレミクを見つけた。

「お願い。ディコを助けて! お願いっ」

 ポレミクはマーシェを見ると首を横に振った。それから静かにするように指をたて、マーシェを救護室の外に出した。

「マーシェ、こちらへ」

 救護室を出るとルナが待っていた。

 ルナは戦闘に出ることはない。衛生兵を教育する教師だからだ。今も、本来ならば救護室にいて自分に一番近い上官を診たいに違いない。

 ルナはマーシェについている血を拭ってくれた。

「どこも怪我してない、のね」

 マーシェにはかすり傷ひとつついていなかった。マーシェについていた血は全てディコのものだ。

「こんなに細い手で……あなたには驚かされるわ」

 ルナはマーシェの手を取った。その手に付いた血をゆっくりと拭う。きれいになったマーシェの手はまだ子どもの柔らかい手をしていた。


 その手を見ているとディコへの思いが溢れてくる気がした。

「ディコを……まもれなかった」

 拭ってもらった手を、握りしめる。

 ルナは何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。

 ただマーシェの握りしめたこぶしの上に、ルナの手を重ねた。細い指が震えている。

 ルナは本当は、自分も戦闘に行きたかったのかもしれない。こんなことになるとわかっていたら、微力ながら自分も戦闘に参加してディコの力になりたかったのではないだろうか。

 でも、そばで戦っていてもマーシェはディコを守れなかった。

 ディコなら、誰よりも強いから大丈夫だと思っていた。

 ディコは、昔から強かった。だから大丈夫だと……そんなことはなかったのだ。


 マーシェが敵兵を斬っている間、ディコのことを忘れていた。マーシェは味方のことよりも、自分の剣のことばかり考えていた。

『マーシェ、良いか、もし軍に入るのなら、仲間がいるということを覚えておけ』

 後悔がマーシェを襲う。

 すっかり忘れていた。ディコの力になりたいと思って一緒に走っていたはずなのに。それは、モヴェズヴィルの兵隊が多すぎたせいか、彼らが残忍だったからか。どちらにしろ、マーシェはディコのことなど途中からすっかり忘れていた。


 マーシェは悔しくて、自分に対して悔しくて、涙が出た。

「悲しいわね、マーシェ。でも、あなたが生きていて良かったわ」ルナが言った。

 ルナはマーシェを責めていなかった。勿論、ルナはなぜマーシェだけが生き残ったのか、かすり傷ひとつ負っていないのか、それがどういうことなのかは知らない。だから優しい言葉をかけてくれたのだろう。

「軍人が剣をふるうのはね、自分の身を守るためなの。生きていればきっと仲間を助けられる。だからそれは仲間のためなのよ。今回はディコを助けられなかったけれど、あなたが生きていることは大切なことなの。だから、マーシェ、あなたは頑張って生きるのよ」

 ルナが言った言葉は、かつてディコが言ったことと同じだった。

 自分を守ったことを恥じないで、仲間のために胸を張って生きて行って良いと、そう言ってくれたのだ。



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