61、戦場の朝
マーシェが敵兵の中を軽やかに歩き、剣を振るうだけで、敵兵はバタバタと倒れていく。それでも、モヴェズヴィルの兵隊は恐れることもなく、どんどん湧いて出てくる。
やがて黒い鳥の火も消え、辺りは再び真っ暗闇となった。
それでもマーシェの剣は止まらなかった。闇に光る赤い目がこちらを向いている限り、マーシェは剣を振った。
累々と重なるモヴェズヴィル兵の死体。
空が白むころ、気が付けばマーシェの周りには死体の山ができていた。
残ったモヴェズヴィルの兵隊がどこへ行ったのかはマーシェにはどうでも良いことだった。売られたケンカは買うが、逃げるヤツを追いかけるつもりもない。
朝日が差して、マーシェは我に返った。
腐った油の酷い匂いと、血の匂い。そこには焼けて炭になった木と死体しかない。なぜここで一人で立っているのか。
しばらく自分が何をしているのか思い出せないほど、マーシェは剣とともにあり、戦いの中にいた。
しかししだいに思い出した。
自分と同じ軍服を着ている兵士が幾人も倒れている。味方の兵隊も、敵兵すら誰も生きていない。
「ディコ」
マーシェは模擬戦でディコに勝ったことがない。
中隊長ともなると信じられないくらいに強いのだ。ディコならば、あんな卑怯なモヴェズヴィルの兵隊になど負けないはずだ。
しかし、ディコの姿がない。
「ディコ!」
誰も答えない。
たくさんの人がいるのに、みんな死んでいる。
マーシェは遺体を片づけ始めた。
少なくとも、ロズラックの仲間の兵隊はきちんとしておきたい。
仲間の遺体の半分は鼻がそぎ取られている。
「くっ」
悔しくてたまらない。あんな狂った奴らにこんな目にあわされるなんて。こんな死に方をするために兵隊になったわけじゃない。みんな誰かを守るために兵隊になったのだ。
全てを一列に横たえ、残っているマントをかけた。
もう一度、あの木のところへ戻る。
「ディコ!」
遺体がない。
もしかすると逃げ延びているかもしれない。
しかし応えはない。
たくさんのモヴェズヴィルの兵隊が折り重なっているところをチラリと見る。どうしてあんなに折り重なっているんだ。そう思いながら一つ一つ除けていくと、一番下にロズラック軍の服が見えた。中隊長の軍服だ。
「ディコ!」
血だらけだった。
悪いところが切られている。
それでもディコは息があった。もう虫の息ではあったが、生きようとしているのがわかった。
傷口をふさぎ、ディコを抱える。
「もうちょっと耐えてください」
マーシェはディコを抱えたまま、走りだした。