60、敵の目
モヴェズヴィル兵は後から後から湧いて出てきた。
木立から離れていたロズラックの兵隊も応戦した。平和だったとはいえしっかりと訓練された兵隊たちだ。
しかし敵兵が多い。奴らは数人がかりでロズラック兵に襲い掛かって来る。
圧倒的な数に押されて、ロズラック兵は荒れ地に逃れた。しかしそれがよくなかった。
荒れ地は真っ暗だ。
燃える木立の明かりが見えなくなれば、そこは暗闇。そんな中で戦えるはずがない。しかしモヴェズヴィルの兵隊は暗闇でも普通に戦える。荒れ地に逃れるのは死にに行くようなものだった。
「ぎゃああっ」
「うわっ」
荒れ地から叫び声が響く。
それでも、敵兵が多くてマーシェは助けに向かうことができなかった。
マーシェはひたすら、ディコと一緒に木立から出てくる敵兵と戦うしかない。
木立の火は勢いを弱め、だんだんと視界が悪くなってきた。
そうするとマーシェは音がよく聞こえるようになった。戦いは五感でするのだ。目にだけ頼っていては、これだけたくさんの敵兵と戦うことはできない。
荒れ地からは、もうほとんど音がしない。
味方の声が聞こえない。
マーシェの周囲にはたくさんのモヴェズヴィル兵がいて、剣を打ち合う音がする。走れば耳の横で風が鳴り、足音がする。
敵兵の不気味な息づかいと気配も感じる。
それなのに、味方の音が聞こえない。
荒れ地は真っ暗だ。
荒れ地から聞こえるのは、ズルズルと何かを引きずる砂の音。そして重々しい敵兵の足音だ。
モヴェズヴィル兵はこちらへ戻ってくるとその手に持っていたものを、ひしゃげた木の根元に重そうに投げ捨てた。
それはロズラックの軍服を着ている、味方の遺体が物のように転がる。
マーシェは必死だった。
今すぐ荒れ地へ助けに行きたい。誰かがまだ戦っているはずだ。だけど、ここにはディコがいて、二人で戦うには敵が多すぎる。自分の身を守るのが精いっぱいだ。
当然、マーシェとディコに相手にされない手の空いている兵隊がいる。
彼らはロズラックの兵隊の遺体をもてあそび、顔の皮を剥ごうとしているのか、鼻に剣を当てている。
そしてその鼻を削ぎ取った。それまでほとんど声を発しなかったモヴェズヴィルの兵隊はそれをみるとギャハハと耳障りな声で笑った。
マーシェは目を疑った。
兵隊ならば敵兵と戦わなければならないことは理解できる。しかし人間の尊厳を踏みにじるなど、やって良いことではない。
このモヴェズヴィルの兵隊たちは人間ではない。
無残に殺され、死んでなお遺体を弄ばれる仲間の姿を見た時、マーシェの中で何かが弾けた。
「痛めつけて、殺してやる」
マーシェの目つきが変わった。
ディコですら見たことのない構えをしている。そして狙いを定めたと思った瞬間、マーシェは風のように突進していった。軽い足取りで敵兵の中を踊り歩く。そして軽く切りつけて敵兵の中から抜け出た。
振り返ると、モヴェズヴィルの兵隊たちは顔を押さえてうずくまっていた。面が割れ、手指の間から血が流れている。
マーシェは初めて、人の目を斬った。
それからマーシェがドンと足を踏み鳴らすと、モヴェズヴィルの兵隊たちは恐れて剣を振り回した。見えない目で闇雲に剣を振る。当然そこには味方の兵隊が剣を振り、ほとんどが自分の仲間を自分たちで殺していた。