59、本物の戦い
「火が!」
ほんの一粒の小さな火種が落ちると、マントに付いた火はボっと燃え上がった。そしてメラメラと生き物のようにその手を伸ばして隣のマントに移る。
「うわあー!」
火は次々と燃え移り、そしてマントから人間に纏わりつき、兵隊たちを焼いていった。
「マントを脱げ!」
「広がって逃げろ」
「散開! 散開!」
叫び声と火が広がる。
マントに油が付いているのだ。
しかし、マントは身を守ってくれる物。そう思ってマントを脱ぐことを戸惑った者は次々と火に巻かれた。
「マントを脱げ!」
「早くしろ!」
潔くマントを脱いだ者は火から逃れることができた。それでも半分近くの兵隊が火に巻かれている。助けることもできず、見ているしかできなかった。
「迎撃準備!」
その時ディコの声が響いた。
マーシェはディコがどこかを探した。声の出どころは木立のそばだった。ディコはすでに剣を構えて木立の中を見ている。
マーシェも剣を構え、ディコのそばへ走って行った。
そして木立の中から現れたのは、モヴェズヴィルの兵隊だった。
真っ黒の樽のような鎧を着て、額から片目にかけて不思議な面を付けている。もしかするとそれのおかげで、彼らは暗闇でも見えるのかもしれない。
本能的に危険だと感じた。
ここにいるモヴェズヴィルの兵隊の目は狂っているように見える。
モヴェズヴィルの兵隊は何も言わず、ディコとマーシェに襲い掛かってきた。一瞬でも二人が剣を振るのが遅ければ何もできずに斬られていただろう。
しかし二人はすぐに応戦した。まずは襲ってきた剣を受け流す。カンカンと剣が合わさる音が響いた。
マーシェはすぐに剣を構え直した。
最初、マーシェはこれがどういうことかわからなかった。本当の敵との本当の戦いなどしたことがない。
今まで模擬戦は数えきれないほどやってきた。剣を落とすか、相手が降参をすれば、そこで攻撃は終わった。
しかし、これは違う。
本物の戦いだ。
ディコを見ると、剣を受け流してはそのまま切りつけ殺している。
「殺して良いのか」
マーシェは混乱した。
軍隊に入って今まで誰も殺してない。人間を殺して良いなど、思いもしなかったのだ。
「殺さなければ殺されるぞ」
ディコはマーシェの言葉を聞いていた。そうだ、殺して良いのだ。
剣をしっかりと構えて相手の目を見る。面の中に赤く光るモヴェズヴィルの兵隊の目は正気とは思えなかった。あれは殺して良いモノだ。
マーシェの剣は殺す剣になった。
今までいかに抑圧していたかがわかる。手加減をしなくて良い。それだけで信じられないほど体が動く。
軽々と飛び重く切りつける。マーシェにとって戦うことは自然なことなのだ。切れば切るほど逆に気力がみなぎる気がした。
人の急所は良く知っている。どこを斬れば血が噴き出すかも知っている。
慈悲などなくマーシェは敵を殺した。
しかしマーシェは狂っていない。狂っているのはモヴェズヴィルの兵隊の方だ。
モヴェズヴィル兵はあとからあとから湧いて出て、そして荒れ地にいる残りのロズラック兵にも襲い掛かった。