58、黒い油
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第十小隊の偵察地に火の手が上がるのが見えると、すぐにツンとした腐った油の匂いが漂ってきた。
最初小さな火が上がっただけだというのに、その火は見る間に大きくなった。
「これは」
ディコが呟く。それほどに火の勢いは通常では考えられないほどに強かった。それに、ここから見ていてもその火がまるで生きているかのように、木に絡みついているように見えるのだ。
火の手によって明かりを得、足取りがしっかりした中隊は、歩を速めた。
そしてすぐに火に燃える偵察地へとたどり着いた。
「第十小隊!! 第十小隊! 避難!」
ディコが叫ぶ。
しかし返事はない。
油の匂いと、人の焼ける匂いがする。嫌な予感に身体が震える。
腐った匂いが自分たちを包むような気がする。
マーシェが上を向くと、あの黒い鳥が見えた。
「鳥が来てる! 気を付けろ!」
マーシェが叫んだが、ロズラック兵たちは第十小隊の偵察地に誰かいないかを探し回っている。鳥にどう気を付けたらいいかなどわかっていない。
しかしマーシェは見た。鳥が黒い何かを撒いている。油かガスかはわからないが、黒くて臭い何かが降ってくる。
そうだ。あれは油だ。引火させるためのものだ。
だから火種は小さくて良い。小さな火を一粒降らせるだけで、あとは油に引火して広がっていくのだ。
「油だ! 油が降る! 避けてください!」
腐った匂いが強くなる。すでに木が燃えていて明るいそこには、その黒い油のようなものがよく見えた。
避けろと言われても、霧雨のように降る油を避けることなどできるだろうか。
黒い油は大量に降り注いでいて、木立の中にいる隊員たちは避けようがなかった。それはマーシェもディコも同じで、鼻を突く匂いがべっとりとマントに付いてしまった。
しかしマントはあらゆるものを防いでくれる、魔法使いの作ったマントだ。下手な鎧よりもずっと機能的である。勿論防火もするはずだ。
とはいえ、油のついたマントを着ていて、火のついた木立にいるのは危険だ。マントが燃えなくても油には引火するだろう。
「退避! 木立から出ろ!」
ディコが叫ぶ。
「引火しないように気を付けろ」
「危ないぞ!」
隊員たちもそれぞれ注意をしながら木立から避難を始めた。
しかし一人、木立を抜ける前にマントに引火した隊員がいた。
「あっ、ジエルっ」
衣服に火がついてしまっても、素早く走れば燃え広がらないはずである。ジエルと呼ばれた隊員は木立から走って出てきた。しかしマントに付着した油のせいか、火はあっという間にジエルを取り巻いた。まるで生きているかのようにジエルの身体に巻き付き、マントだけではなく体中を焼き尽くした。
あっという間だった。
「あの鳥は危険だ」
ディコが呟く。それが悪魔の魔法だとはっきりわかったのだ。
木立から避難した残りの中隊は、ディコの元に集まってきた。班ごとに集まり整列する。次の指示を待つのだ。
第十小隊を探すか、木立に戻るか、それともこのまま待機か。
全員がそろった時、ディコが上を向いた。
「あっ! 逃げろっ」
ディコからは見えた。空から一粒の火だねが落ちてくるのを。
全員がディコの目線を追って上を向く。そこには小さな火が、中隊の真ん中に落ちてくるのが見えた。
わっ、と隊列が割れる。
しかし40人が一斉に、しかも瞬時に逃げることなどできるだろうか。
次の瞬間、隊列の真ん中にいた兵隊のマントに火が付いた。