57、上に立つ男
マーシェはディコ中隊長を見つけると、第一小隊から第五小隊に起こったことを伝えた。そして、黒い鳥のことと不気味な火のことを伝えた。
「小隊長までやられるとは」
ディコの声や表情は変わらなかったが、拳が震えている。それからマーシェの方を向いて労うように言った。
「第一小隊からここまで走ってきたのか。頑張ったな」
「いえ」
ロズラック軍の中で一番新人で一番若いマーシェには大変なことだった。とはいえ、マーシェは単なる一兵卒ではない。すでに班長という立場になっているのだ。少なくとも自分の班の中では上に立つ男である。
マーシェはあの暗闇の中で、班員たちの切り殺される音を聞いた。
班員を守れなかった責任の重さが、心にのしかかる。
しかし目の前にいるディコは100人もの兵隊を率いているのだ。すでに第一小隊から第五小隊は壊滅してしまった。それを思えばディコが今どんな思いで、この先の作戦を考えているだろう。
マーシェがくよくよしていてはいけない。
ディコを補佐するのだ。ディコの望むように働こう。もしディコが、これから第十小隊まで走っていけと言うのなら、喜んでそれをしよう。
マーシェは後方の空を見ていた。
あの黒い鳥はじきにここへ来るだろう。そうすればあの鳥がどんなものなのかわかるかもしれない。しかしどれだけ危険かはわからない。あれはただの火ではない、それはわかっていることだ。
マーシェが空を見ると、黒い鳥はこちらへは向かわず、ふらふらと進路を変えているようだった。
「ディコ中隊長、黒い鳥はこちらへ向かっていません」
「なんだって?」
黒い鳥はマーシェにしか見えていない。ディコはマーシェを信頼するしかない。
「もしかするとここに気づかなくて国境の方へ向かっているのかもしれません」
「気づかない?」
「はい。あの鳥は目が悪いのか、迷っているような時があります。そうじゃなきゃ、僕よりあの鳥のほうが先にこっちに来てるはずです」
「なるほど。先に国境に行かれるとやっかいだ。どちらにしろ我々は早く第十小隊と合流しなければならない。今は、中隊が固まっていた方が良い。マーシェ、疲れているところ悪いが、先に立って歩いてくれないか。君は誰よりもこの荒れ地が見えている」
「はい、勿論です」
マーシェを先頭にして、ディコ中隊は動き始めた。
マーシェの後にディコが立ち、その後ろに第六小隊から第九小隊までが並ぶ。万が一モヴェズヴィルの兵隊に襲い掛かられることを考えて、剣を構えておく。
第十小隊まではそんなに遠くない。そしてその先はもう国境隣接地帯だ。日が昇ればすぐに城門が開くだろう。それまで何もなければ良い。たとえあの鳥に火を付けられても、モヴェズヴィル兵に襲われても、日が昇るまでこらえれば良いのだ。
第十小隊はそう遠くない。荒れ地には風もなく音もない。そしてモヴェズヴィル兵の気配も感じられない。
それから半時ほど経った時だった。
またあの油の匂いがした。スンと鼻を鳴らすとディコが気づいた。
「この匂いだな」
「はい」
二人は顔を合わせて頷きあった、その次の瞬間二人は顔を国境へ向けた。
「まさか!」
そのまさかだった。
第十小隊に火の手が上がっていたのだ。