56、走り抜ける
敵兵の空気がすっかりなくなると、マーシェは大きく息を吐いた。
「スプトゥ」
駆け寄り屈んでスプトゥを触るが何も反応はない。死んでいるのだと理解できた。しかし、それはマーシェが子どもの頃「捨ててこい」と言われたあの死体とは全然違った。それはスプトゥだったものだ。マーシェが入隊する前に初めて模擬戦をしたのがスプトゥだ。そして入隊してからもずっと可愛がってくれた、大切な仲間だ。
マーシェはスプトゥの遺体に彼のマントをかけた。
それからそばに転がっているロズラック兵の遺体を近くに寄せ、スプトゥの隣に横たえた。
「誰か、誰かいますか」
もしやまだ息がある仲間がいるかもしれない。マーシェは仲間を探しながら、転がる遺体を調べ、そして並べた。
そこにはモヴェズヴィル兵は一体もなく、ロズラックの兵隊が暗闇の中で何もできずに死んでいった、戦うこともできずただ殺されただけの遺体ばかりがあった。
全てを並べ、そしてマントをかけると、マーシェは立ち上がり、そして走り出した。
向かうのは、第七小隊。中隊長ディコのいるところだ。
ここに来るまでに、第四、第五小隊が荒れ地ですでに殺されている。そして今第一小隊から第三小隊も殺されてしまった。
中隊は半分まで減っている。
それをディコに伝えなければならない。
第六小隊から向こうは、先に伝令が伝わっているはずだ。
それにモヴェズヴィル兵はここで第五小隊を襲ったのだから、第六小隊には追い付いていないのではないだろうか。
とにかくディコと合流しなければならない。そしてあの鳥のことも伝えなければならない。
スプトゥを置いて行くことに葛藤があったが、今は戦いの時だ。
マーシェは走った。
真っ暗闇の荒れ地をひたすら走った。
第一小隊からずっと走り通しで足が熱い。それでも走り続けた。
暗闇には何の気配もない。あれだけたくさんいたモヴェズヴィル兵はどこへ行ってしまったのだろうか。
第六小隊の偵察地にたどり着くも、思った通り誰もいなかった。そして荒れ地に遺体が転がっていることもなく、マーシェはほんの少しホッとした。
第七小隊の偵察地も通り過ぎたころ、またマーシェは背後に火が落ちるのを見つけた。あの鳥とあの火は少しずつ近づいてきているようではあるが、あまり早くはない。マーシェが走るほうがよっぽど速い。もしかするとあまり目がよくないのかもしれない。
そんなことはどうでも良い。とにかくマーシェは一刻も早くディコのところへ行かなければならない。痛みも疲れも感じないほどに、マーシェはひたすらに走った。
そしてモヴェズヴィルの北側の城壁を、夜じゅうずっと走り続け、あの鳥よりも先に第九小隊の偵察地まで走り抜けることができた。
そしてそこには、第六小隊から第九小隊までが、まるで盲のようにふらふらと彷徨っている姿があった。
「ディコ中隊長はいらっしゃいますか!」
後方からマーシェが声をかけると、彷徨っていたロズラック兵たちは大いに驚いた。