55、暗闇の戦闘
ガツと何かがぶつかる音、大きな何かが倒れる音がする。そして時々悲鳴が聞こえる。そんな暗闇の中でロズラックの兵隊たちは真っ暗な恐怖を見つめて剣を持っていた。
「来た!」
マーシェが鋭く叫び、剣を振った。
「ぐっ」
マーシェの剣はモヴェズヴィル兵の手元を打った。次の敵兵に備えて剣を構えなおすが、マーシェにすらほとんど見えない。目を凝らし、耳を澄ます。
足音が砂を踏むのが聞こえる。距離は、もう少しでマーシェに飛び掛かるところだ。
マーシェはまた剣を振る。うまく相手の剣を落とすことができた。しかしマーシェの後から重い音がする、続いて短い悲鳴が聞こえた。
「スプトゥ! 気を付けろ、前にいる!」
マーシェが叫ぶとスプトゥは何も見えずに剣を振った。重たい何かをスプトゥが切る。それは敵兵だ。
気が付けばモヴェズヴィル兵に囲まれていた。
あちこちで仲間の叫び声が聞こえる。そして倒れた時の砂の音。
「落ち着け、シャルマ右っ! ペナ、左だ」
マーシェは見える限り味方に知らせた。しかし暗い。それなのにモヴェズヴィル兵はどんどん湧いて出て、確実にロズラック兵を殺している。
「スプトゥ、二人行ってる」
「くっ」
スプトゥは強い。若手の中でもかなり強いはずだ。やみくもに振った剣がしっかりと敵兵を捉えている。スプトゥはマーシェの言う通り剣を振り続けた。
ここには少なくとも30人のロズラック兵がいるはずだ。しかし仲間の声はどんどん減っていく。仲間はどこだ。
マーシェは辺りを見回すが、味方の息遣いが感じられない。
「右から来てる!」
スプトゥの剣も鈍い。モヴェズヴィル兵が多いのだ。それに見えない中で剣を振るせいで疲労が大きい。
「ううっ」
「スプトゥ!」
腕を切りつけられたらしく、スプトゥが一瞬蹲った。
そこにモヴェズヴィル兵が三人、獲物にたかる獣のように突進していった。
「スプトゥっ、避けろ!!」
マーシェが叫んだ時には、一人のモヴェズヴィル兵がスプトゥのマントをがっちりと掴んでいた。もう一人が剣を振り上げている。
そしてスプトゥは頭を上げることもなく、その首を後ろから切りつけられた。
「スプトゥー!!!」
大量の血が噴き出すのが見えた。
暗闇にスプトゥの血の匂いがする。
それを見たマーシェは一瞬で頭に血が上ったのが分かった。
「おのれえー!」
自分でも信じられないほど低い声が喉から出たマーシェは、スプトゥを切った男の腕を切り落としていた。
「ぎゃああっ」
モヴェズヴィル兵の悲鳴を初めて聞いた。
しかしマーシェはすっかり興奮状態に入っていたため、そんなことは何も気にならなかった。
スプトゥに駆け寄って見ると、スプトゥの首は半分以上も切られていてすでにこと切れているのが分かった。
マーシェはゆっくりと立ち上がり、周りを取り囲んでいるたくさんのモヴェズヴィル兵に剣を向けた。
「かかってこいよ」
マーシェが静かに言うと、モヴェズヴィル兵は後ろに下がり、足音もさせずに、まるで闇に溶けるようにして消えた。マーシェの気迫が恐ろしかったのか、はたまた、たった一人生き残ったマーシェなど放っておくつもりなのかはわからない。とにかく彼らはこれ以上マーシェと戦おうとはしないで逃げた。