54、近づく黒い鳥
「小隊長、また火が上がっています」
マーシェが言うと、三人は後方へ向いた。先ほど第一小隊がいた辺りよりもこちらへ近づいている。
「第二小隊のいた辺りだ。こっちへ来ている」
「ここまで来るんじゃないのか?」
「その可能性が高い。しかし、この先でモヴェズヴィル軍が待ち伏せているかもしれない」
「このまま行くか、それとも留まるか」
「または荒れ地に逃れるか」
「それもまた危険だ」
「城壁に寄るのは?」
「今はダメだ。もうこちらに気づかれている」
小隊長三人は途方に暮れた。
しかし彼らはわかっていた。
「仕方がない。行くしかない。ディコ中隊長が待っている」
中隊長の命令では、各小隊ともできる限り国境隣接地帯まで戻れといわれている。戻るしかない。
「ではマーシェ、頼むぞ」
「はい」
「敵兵の気配があったら早めに止まってくれ」
「はい」
いつ出会うかもわからない敵兵に向かって行くのは恐ろしい。それが見えない敵ならもっと恐ろしいだろう。
しかし行かなければならない。
後ろを見れば、第二小隊のいた辺りの火が見える。焦げ臭い匂いも漂ってきた。追いつかれればあの不気味な火を付けられるかもしれない。どちらにしろ行くしかないのだ。
マーシェは歩き出した。
いざというときのために、隊員たちは各々剣を構え、前を歩く兵隊のマントに掴まっていた。敵兵がいるかもしれない中で無防備ではいられない。しかし彼らは何も見えない暗闇の中で、たとえ剣を構えていたところでそれが振れるのか、全員が不安の中を歩いた。
彼らには何も見えず、音も、自分たちの足音しか聞こえなかった。
しかしマーシェには見えていた。
歩く先には第四小隊の隊員たちの遺体がいくつも転がっている。数を数えて行けば、それは10名全員が死んでいることがわかった。
しかし敵兵の死体は見当たらない。
真っ暗闇という条件は同じはずなのに、モヴェズヴィルの兵隊は殺されてない。マーシェのように少しでも見えているのかもしれない。
しばらく歩いたとき、またマーシェはあの腐った油の匂いと、後方に火が落ちるのを感じた。
「スプトゥ小隊長、後ろに火が」
スプトゥは歩きながらも後を振り向いた。
「第三小隊のいた場所だ。近づいてるな」
「これは明らかに俺たちを狙っている」
小隊長たちは焦りを押し殺した声で囁いている。
スプトゥにもわかっているのだろう。あの火が、普通の火ではないということを。
それは洞察力の鋭い軍人ならわかるのかもしれない。あんな風に不自然に火が上がることはない。そして、その小さな種火があんな風に勢いよく燃えることなどないはずだと。
黒い鳥が近づいているという危機感に追われながら歩いていたマーシェは、前方から何か音がするのが聞こえて立ち止まった。
「どうした」
「シ」
マーシェが声を遮ったその時、明らかな声がした。
「ぎゃっ」
悲鳴だ。
短く、悲鳴が聞こえた後、ドサりと重い音がした。
「スプトゥ、敵だ」
マーシェが小声で囁く。スプトゥはすぐに第一、第二小隊長に耳打ちした。そしてロズラック兵が全員臨戦態勢を取る。
しかし、辺りは暗く何も見えなかった。