49、国境外偵察
マーシェが班長になって一年が経った頃、それまで平和だったロズラックにきな臭い噂が立つようになった。
もともと南西の国境辺りは、小さな小競り合いがあり、国境警備に力が入っていたのだが、最近になって攻撃される頻度が高くなったというのだ。
ただそれが夜間であり、小さな火の手があがるだけであって、明確に隣国モヴェズヴィルからの攻撃かどうかはまだわかっていない。大きな火事や重大な被害があるわけではなく、どういった経緯で火が付くのかわからないため、反撃するのも憚られる。難しい状況であった。
それでディコ中隊が国境の外側の偵察をすることとなった。
◇◇◇
「国境外偵察三日間!?」
スプトゥ小隊に限らず、中隊内全員が耳を疑った。今回の場合の偵察はロズラックから出て、モヴェズヴィルの国境を外側から眺めるというもの。昼夜を問わずひたすら物陰に身を潜めての偵察となる。それが三日間ということはつまり、三日三晩国境外の石や木と化してじっとしていなければならないという、実に過酷な偵察である。
当然国境は広いので、100人中隊まるごとモヴェズヴィルの城壁(北側)の荒れ地に配置されるというわけだ。
「国境隣接地帯ではほぼ毎晩火の手が上がっている。このため特に夜間の偵察が重要となる。わかったな」
「はいっ」
これによってディコ中隊は隣国モヴェズヴィルとの国境から北側の城壁を密かに展開していった。
一番遠く(西)から第一小隊、第二小隊と並び、マーシェのいるスプトゥ小隊は第三小隊、それから第七小隊に中隊長ディコがいて、国境隣接地帯(東)に一番近いのが第十小隊となる。
マーシェのいるところからは、国境隣接地帯はまったく見えない。
班ごとにある程度固まりながら偵察地を決めると、それから三日間は文字通りまったく動かない。
偵察はなにしろ、相手に気づかれてはならない。そのために時間を要するし、自分がまるで荒れ地の一部になりきっていなければならない。
しかもこのところ平和だったこともあり、このような過酷な偵察を経験したことのある新人はいない。マーシェもこんなことは初めてだった。
よっぽど耳をすませばお互いのささやき声が聞こえる程度の距離に並び、軍のマントを被って座り込む。それが作戦開始だった。
朝から偵察を始めて、昼間は人っ子一人通らなかった。
モヴェズヴィルは小さな国で、元々はロズラックの王族の親戚のために領地を分け与え、独立した国家となっている。ほんの100年ほど前までは国境に壁もなく、仲良く行き来していたと聞く。それがだんだんと仲が悪くなり、いつの間にか城壁が出来、往来はなくなったらしい。
ロズラックには魔術師がいるが、隣国モヴェズヴィルには魔術師はおらず、素朴な暮らしをしていると聞く。商人はどちらの国にも行き来しているため、時々モヴェズヴィルの織物などを見ることがあるが、情報はほとんど入ってこなかった。ただ商人によれば、モヴェズヴィルはあまり豊かではないということだ。
そんな国が毎晩のように隣国に火をつけるというのは、いったいどういうことなのだろうか。