46、英雄の名前
マーシェは13歳で入軍し、ディコの正式な付き人の一人となった。
新入りの訓練は体力づくりを主としたもののほかに、座学もあった。国のなりたちや軍隊の歴史を学んだり、政治や経済も学ぶ。それに剣術や体術についても理論的に学ぶ時間が設けられていた。
ロズラックの国の歴史を学んでいる時、マーシェは意外な記事を見つけた。
それで、そのことを聞きに、一度カイのいる自宅へと戻った。
「急に帰ってきてどうしたんだね?」
「聞きたいことがあるんです。カイ、あなたは僕の大叔父ですよね?」
「なんだい急に」
「軍の歴史の授業で、気になる名前を見つけたんです」
カイはその時が来たと、感じていた。いつかマーシェが、自分との関係について違和感を持つときが来るだろう、と知っていたのだ。
「落ち着いて話そう」
そう言うと、カイは書斎の大きな椅子にマーシェを座らせた。
「私が君の大叔父か、そういうことだね? 気になる名前というのは、もしや英雄カイエデコリエ・クゥピュル・デ・レクトリシテのことかい」
「はい、そうです」
カイは少し考え、それからゆっくりと口を開いた。
「歴史の本には英雄カイエデコリエ・クゥピュル・デ・レクトリシテがどんなふうに書いてあるかね?」
「英雄は一つの剣を持ち、まがい物の魔法を使う悪い魔法使いを滅ぼしつくした、とあります」
「そうだな。今から350年も前のことだ。当時は今よりもずっと大地の力が強く、また力のある種族が生きていた。そのことは本には書いてあるまい。
とにかく大地の力によって、魔術師でない者が悪い魔法使いとしてのさばっている時代があったのだよ。聞くもおぞましい方法で彼らは人間を従わせていた。そこで立ち上がったのがその英雄だよ。彼は滅びゆく戦士の血を引いた最後の生き残りだ。彼によってこの大陸のほとんどの悪い魔法使いが滅ぼされた、というのがこの本に書いてあることだ。そうだろう?」
「はい、そうです」
「そしてその英雄の名前がカイエデコリエ・クゥピュル・デ・レクトリシテ、つまり私の名前と同じだと言いたいのだね?」
マーシェは無言で頷いた。
もし本に書かれている英雄がカイなのだとしたら、350前から生きているということになる。そんなことがあるだろうか。
「力のある種族と言ったのを覚えているね? 昔はね、今でいう魔術師のように、不思議な力のある人種がいたんだよ。そしてそれらはたいてい人間よりもずっと長生きだ。そのぶん人数が少なく滅ぼされるのは簡単だった。そして私はその長命の一族の生き残り、その本に書いてあるカイエデコリエ・クゥピュル・デ・レクトリシテだ。このことは、国王と魔術師、そしてほんの一握りの人しか知らない。だから誰にも言わないでおくれ」
にわかには信じられなかった。
しかし、マーシェの大叔父と言うわりに確かに彼は若々しい。そしてマーシェと出会ったときから何も変わらない。
きっとそれは本当のことなのだろう。