44、重い剣
自分の剣がすばしっこいマーシェに効かないことに気づいたひげの青年は、焦り、大きく剣を振り回していた。
マーシェは振り下ろされる重い剣を避けながら、間合いを詰めたりまたいきなり視界から消えたりする。
ガツンと剣を当て、マーシェが飛びのいたその時、ひげの青年はこのままではいけないと思ったのだろう。剣を両手に持ち深く息を吐いた。
そしてマーシェに狙いを定める。
今まで上から斜めに大きく振りかぶっていた得意の重い剣ではなく、突きで突進してきたのだ。
その気迫に周囲からどよめきが起こる。
しかしマーシェは軽く避けてその手をはたき、そのまま勢いをつけてひげの青年に体当たりをした。
「なっ」
軽いフットワーク、繊細な剣を振るうと思っていたマーシェに、はたかれた手を思わず放してしまう。両手で握っていなかったら、ここで試合終了だった。
しかも体当りが思ったよりもずっと重く、よろけて体勢を崩す。
そこにマーシェは落ちかけた剣の束付近を剣で思いっきり叩いた。
「くっ」
今度こそひげの青年は刀を離してしまいそうになった。しかし、根性で持ちこたえる。すぐに両手で剣を持つと、後ろに回ったマーシェに振り向いた。
その時にはもうマーシェは反対側に走り込んで、高く飛びあがっていた。落下しながらもう一度剣を叩く。キンと高い音が響いた。
マーシェは着地したと同時に、角度を付けてひげの青年に突進し、勢いをつけてその手に駆け上った。剣を持った手を蹴り、そのまま青年の肩に飛び上がり、軽く蹴ると青年は何が起こったのかわからないまま、後ろに倒れた。
「そこまで!」
ワッと歓声が上がった。
マーシェは着地するとすぐにひげの青年に駆け寄り、手を差し伸べて彼を起こした。
「ありがとうございました」
「あ、ああ」
青年はまだ何が起こったのか理解できず、しばらくポカンとしていた。
やがて自分がまったく勝負にならずに負けたことを認識すると、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「君はすごいな」
「いえ。勉強させていただきました」
マーシェはこのひげの青年が、とても素直でちゃんと学べる人物だと確信した。この試合の中で自分の戦い方を変えたのだ。きっといい兵隊になるだろう。
「俺は、ダメだな。君みたいな若い子に負けて。できれば一緒に入隊したかった」
「何言ってるんですか。この試験は勝ち負けは関係ないんです」
「……でも、試験に受かるかどうか」
「受かりますよ、絶対」
マーシェは確信していた。きっと一緒に入隊するだろう。
マーシェが笑いかけると、青年も微笑み、二人で頷いた。
◇◇◇
さて次の日、マーシェの第二試合となった。
マーシェは驕りでもなんでもなく、見習い生の中では一番強い。今日の試合相手はきっと現役の兵隊が来るだろう。場合によっては小隊長クラスが来るかもしれないと楽しみにしていた。
ところが、試合場へ行って見て驚いた。
自分の前にいたのは、なんと女性だったのだ。名前はルナ。ディコの付き人の一人で、元々は軍人だったが、今は兵隊ではなく看護(衛生兵を育てるため)の教師をしている人である。
ただ、兵隊だったころはとんでもなく強かった、という噂は聞いたことがあった。
強さが未知数すぎる。マーシェは初めて、この試験が恐ろしいと感じていた。