42、蛇
その人の短剣が蛇の頭を切り落とすより先に、蛇は文字通りするりと避けて、そしていっぱいに身体を伸ばした。蛇が狙ったのはその人の太もも。
「いっ、このやろう!」
蛇はがっぷりと太ももに食らいついた。
その人は驚きすぎたのだろう。蛇の尻尾を引っ張るが、それで蛇が取れるわけではない。頭を取らなければならないのだ。
マーシェはすぐに駆けつけて、その人の太ももから蛇を引っぺがし、戸惑いもなくその頭を短剣で落とした。
「止血っ」
マーシェはすぐに布を出してその人の太ももの傷の上をぐるりと巻いて、ギュっと縛った。
「座って!」
ズボンを切り裂き、毒の入ったところから吸い出す。
「いっ、いてぇ」
その人は自分が噛まれたことがどういうことなのかやっとわかってきた。毒があるなんて思わなかったのかもしれない。とはいえ、自分の足が次第に痺れてきているのに気づき、今度はパニックになっていた。
「やべえっ、死んじゃうよ」
「これくらいで死んだりしません」
「でも、足が、痺れて、もう駄目だ」
「大丈夫です。少し痺れるだけです。立ってください」
これくらいの毒で死ぬことはないとはいえ、痛みや痺れはある。早く森を抜けなければ色々と危険だ。
「痛いっ、痛いっ」
「立ってください。森を抜けなければ」
「無理だ、俺はもう駄目だ、痛くて死んじゃう」
「仕方がない」
マーシェは立ち上がるどころか地面に這いつくばってしまったその人を持ち上げた。
「うっ、お前!?」
「僕が連れて行きますからね、大丈夫ですよ」
マーシェよりずっと大きい身体を肩に担ぎ、マーシェは歩き始めた。その人は驚き大人しくなり、肩の上でヒーヒーと泣いていた。
風が吹き方向を狂わす。耳元でヒーヒーと泣かれる。
それでもマーシェは見失わなかった。最初からずっと、ゴールの位置は把握してあった。本当にもうすぐのところだ。
小さなころから水汲みをしている。自分より大きな人を運んだこともある。大きくなったマーシェにとって人を担ぐことなど、何でもなかった。とはいえ、森の中は足場が悪く、気を付けなければその人を落としてしまう。
汗を垂らしてマーシェは歩き、そして森を抜けた。
マーシェの姿を見て、ディコが走り寄った。
「どうした?」
「蛇に噛まれています。救護をお願いします」
「わかった。救護班! お前は?」
「僕は噛まれていません。報告に向かってよろしいでしょうか」
「良いだろう」
ディコはマーシェが怪我をしていないかをざっと見て、救護班に負傷者を任せ、マーシェと一緒に本部へ戻った。
森での個人技能試験は無事に終わった。マーシェにとって森は失敗の思い出のあるところではあるが、今回はその失敗を教訓にして落ち着いて行動できたと思った。とはいえ、軍隊の作戦は毎回この森であるわけではない。知らないところへどんどん出ていくのだろう。
この森でうまくできたとしても、自信にはつながらなかった。ひとつの小さな経験として積んでいく、それだけだった。