37、東長川
「……つまり、様々な情報を状況に応じて感じ取ることが必要だとわかりました」
「うん、いいだろう」
兵舎に戻るとマーシェは、小隊長と班長に今回の報告をしていた。
「班長からは何かあるか?」スプトゥが班長に聞いた。
「はい。マーシェは小箱一か所、張り紙二か所に気づいていました。場所は覚えているか?」
「小箱の場所は歩き出して20分ほどのところ、植生は針葉樹の多いところです。張り紙のひとつ目は少し開けた低木の多い辺りです。二つ目の張り紙は川に出たところで川幅は50センチ程度、周囲の石に苔が多くありました」
「うん、よく覚えていた。しかも3か所見つけた見習いは珍しい、いや、初めてじゃないかな」
マーシェは小箱だけでなく、張り紙も見つけていた。
張り紙はちょっと見ただけでは葉っぱと区別がつかず、国軍のマークも読み取りにくい。それでもマーシェは通った場所の国軍の目印をしっかりと把握していた。
班の入れ替えこそあったものの、今回の訓練のできはまずまずだったようだ。
◇◇◇
その日の夜は、雨がすごかった。
疲れ切っていたマーシェは夢も見ないで眠っていたが、ディコはその嵐の夜に気づいていた。
「おはようございます! あれ、ディコ中隊長がもう起きている」
「おはよう、マーシェ」
ディコの執務室にやってきたマーシェはすでに軍服姿で仕事をしているディコを見て驚いた。
「どうしたんですか」
「今日の早朝練習は中止だ。昨日の嵐で東長川が氾濫した」
「嵐? 確かに、雨の跡凄いですけど……今朝はどうしますか?」
「その地図見といてくれ」
「了解です」
ディコは忙しそうに歩き回って、他の付き人たちに指示を出していた。
「ちょっと行ってくる。マーシェは先に朝食に行って、食ったらすぐこっちに来てくれ」
「了解です!」
ディコは王城へ、マーシェは朝食へと急いだ。
どうやら川の氾濫のために、国軍が災害派遣に駆り出されるのだろう。ディコは中隊長として情報を集め、これから兵隊に指示を出さなければならない。
マーシェは急いで朝食の準備に行くと、他の見習いや新人たちも同じように中隊長からの命令で、先に朝食、それから待機とのことだった。
朝食を終えると、マーシェはディコのぶんの朝食をまとめて執務室に持って行った。
ディコの執務室に戻ると、なんとそこにカイがいた。
「やあ、マーシェ、元気にやってるか?」
「うん。カイはどうして?」
「災害派遣でディコの中隊が駆り出されることになった。それで、お前の出動をどうするかで呼ばれたんだよ」
「僕の? なんで、カイが?」
「俺がお前の保護者だからだ。普通は見習いは災害復旧でも現地行きはしないが、今回は被害地域が広い。一人でも人数が多いほうが良いからな。マーシェが同行しても良いか打診が来たんだよ」
「そうですか」
「お前はどうだ? 行けるか?」
いつものマーシェだったら、カイに聞かれて“行く”と即答するところだが、今は違った。
「行きたいとは思いますが……僕、昨日全然ダメだったんです。森での訓練で自分の班を見失ったんです」
「現地で作業するのは自信がないか?」
「はい。でも、行きたいです」
「うん? 矛盾してないか?」
「僕もそう思います」
マーシェがそう言うと、カイは少し考えた。
「そうだな。昨日の失敗がなければ逆に心配だったかもしれない。失敗をした後だからこそ、慎重に行動できることもある。同行させてもらったらどうかね? マーシェにできる仕事がきっとある」
「……はい」
カイはマーシェの目を見ていて、きっと大丈夫だと確信していた。マーシェもその思いに応えたいと思った。それにやっぱり、自分も現場で仕事がしたいと思っていた。それで、マーシェは初めて、災害現場へ行くこととなった。