36、細い道
マーシェは、今までと同じように前の人が細い道を歩き、姿が見えなくなるのを見ていた。そして自分の前の兵隊の姿が見えなくなったところで、歩き始めた。
そこまでは今までと同じだった。
雨のせいもあり、もう森は暗くなり始めていて、足跡を見るのは難しくなっていたが今日だけでも何度か経験したことで少しは勝手がわかる。とにかく前に進めば良いのだ。
ところが、道が少し弓なりになったところでふと違和感を覚えた。こんなに曲がるだろうか?一瞬自分がどこにいるのかわからなくなり、ハッとして周囲を見渡す。
森はもう暗くなっていて、雨粒も見えないほどだった。先ほどとは違う方向から風が吹き、匂いもわからない。自分の班の列はどこだと目を凝らしてもその姿が見えない。
たいして距離はないはずなのに、森の中にいる兵隊はなんと見つけにくいことか。
これが本当の軍の作戦中だったら危険なことだ。焦りを感じ周囲を何度も見渡す。
マーシェは混乱して走り出しそうになるのをこらえ、深呼吸をして、足元をもう一度見直した。
前の人の足跡を探す。
思ったよりも鋭角に曲がったところに大きな足跡を見つけた。ホッと息を吐いてその足跡の方へ曲がる。良かった、この暗い森で迷子になるところだった、と安心したところで、班に合流できた。すぐに列が動き出し、このあと10分ほど歩いたところで、森を抜けることができたのだった。
森を抜け、中隊長が台の上に立っているのが見えた。
その前に到着した小隊の順番に整列している。
マーシェはスプトゥの小隊……のはずだったが、なぜか違うところへ整列となった。
おかしいな、とマーシェが首をかしげていると「整列! 点呼!」と声がかかり、目を疑った。
マーシェの所属班ではないのだ。
いつの間に、班長が変わったのか?
いや違う。班員も全員違う。つまり、マーシェが違う班に紛れ込んでいたのだ。
そう思った時、マーシェの班が森から出てくるのが見えた。
「スプトゥ小隊! 2班到着しました!」
あれがマーシェの班だ。
「すみません。僕、間違えたみたいで……」
今いる班にそう声をかけると、ドっと笑われた。
「早く戻れ!」
なんでだ? と思うのと恥ずかしいのとで、マーシェは真っ赤になりながら、スプトゥ小隊へと戻る。
2班の班長が腕を組んでマーシェを待っていた。
「お前のこと待ってたんだぞ」
「申し訳ありません!」
マーシェが敬礼しながら謝ると、班長は少し笑い、それ以上叱りはしなかった。
「どうしてこうなったか、後で報告すること」
「はいっ」
マーシェは不思議だった。
ちゃんと足跡を見ていたはずだ。
とはいえ、他の班が到着するたび、見習いと新入りはみんな班を取り違っていた。
つまり、この森での中隊訓練はこういう訓練だったのだ。新入りたちは五感を疲労させても班について行くことができるか。それができなければ、どんな作戦もできない。
だからこの作戦で森を抜けることができない者は兵隊にはなれないし、班が入れ替わってしまったのなら、次回から絶対に間違わないようにしなければならない。
そういう訓練だったのだ。
剣が強くても、体術ができて体力があっても、やはりマーシェはまだまだ見習いだった。