34、中隊訓練
マーシェのいる班は6人で歩き出した。すぐ右側には隣の班が歩いていて、そこには小隊長のスプトゥがいる。基本的にはスプトゥの指示に従えば良いだけだ。
歩き出すと、風が吹き始めた。
「この風は魔術師が訓練用に起こしてる風だ」
最後尾を歩くマーシェに聞こえるように前の兵隊が教えてくれた。
森の中で風が吹くと、音が聞こえにくいことがわかる。耳元で風が鳴るし、木々も葉っぱを鳴らす。気が付けばスプトゥのいる班が右側にいない。まるで、マーシェのいる班だけが森に取り残されたような気分になった。これが訓練だ。
「左に曲がるぞ。全員いるな?」
「マーシェいます!」
伝言が回ってくると返事を返す。その間に進路を少しずつ変えてはまるで森の中を彷徨うかのようにフラフラと動き回る。
ふと目をやると木の根元に軍のマークの入った箱が置いてある。
「班長! 箱があります」
マーシェが前を歩く兵隊に言うと伝言は一人ずつ前に回り、班長に届いた。
班長は歩みを止める合図をした。それは声ではなく、手で合図するので、一瞬で班員に伝わる。6人が立ち止まると班長はマーシェのところへやってきた。
「箱だって?」
「はい、これです。軍のマークが付いてるので、作戦に関係あるかと思って」
「うん、なるほど。俺たちの班にはまだ指令が出ていないが、班によっては拾得物を持ち帰る任務となる場合がある。一応中身を確認しておこう」
班長がそれを開けると、中には金貨が一枚入っていた。
「場所を覚えておこう。他の班に聞かれたときに答えられると良いだろう」
「はい」
とはいえ、この森の中でどうやって場所を覚えたら良いのだろうか。
「今日は曇っているし森の中は空が見えないが、昼間ならばある程度の太陽の場所はわかるだろう? それを頼りにまずはこれから歩く道筋を覚える必要がある」
「はい」なるほど、とマーシェは木々の間から空を見た。
「それから、この辺りの植生も覚えておく。この辺りは出発地点よりも太い針葉樹が多い。そのくらいの大雑把なことで良いから覚えておくと、あとで思い出すときの役に立つ」
「はい、わかりました」
とはいえ、周囲を見てもみんな同じような木に見える。それに始終方々から風が吹いているせいで、方向感覚が狂いがちだ。方位磁石を持ってはいるが、なかなか読み取るのが難しい。
こうしてぐるぐる森の中を歩き回り、すっかり方向がわからなくなった時、マーシェは一瞬ギクりと身を強張らせた。
一番後ろを歩くマーシェの後に誰かがいるのだ。
もしこれが戦場だったら、敵兵かもしれない。後ろを取られるということは命の危険となる。
マーシェは短剣を握り、恐る恐る後ろに振り向いた。
「・・・あ?」
後ろにいたのは、違う班の見習いの兵士だった。
振り向いたマーシェの形相が恐ろしかったのだろう。目が合った瞬間後ろにいた兵隊は幽霊でも見たかのような心底驚いた顔をした。だがそれよりも、この列が自分の班ではないことに戸惑い二人でわたわたと手を動かした。
作戦中は無駄口をたたいてはいけない。どの程度声を出して良いか、喋っていいか新入りの二人にはわからなかった。ここでもしマーシェが「違う」など声を出した場合、マーシェの班が混乱するかもしれない。もし戦場だった場合、声を出して敵に見つかってしまうかもしれない。とはいえ、これはただの訓練なのだから声を出しても良いのだろうか。
よくわからないままに、二人は周囲を見渡して、そして後ろにいた見習いは、自分の班の列を見つけたようで、手を振って自分の列に戻っていった。