33、雲
早朝練習が終わると、すぐに朝食となる。この朝食の準備も見習いと新入りの仕事となる。勿論食事は専門の人が作ってくれるが、それを配膳するのを手伝わなければならない。こうして食事の手伝いをすることで、軍隊の面々と自然に接し、顔や名前を覚えるようになる。
最初のうちは厳しいが、慣れるためには必要なことなのだ。
「スプトゥ小隊長! 大盛りですねっ」
「マーシェ、また早朝練習前にディコ中隊長を起こしたんだって? わざとだろ」
「えへへ、違いますよ~。執務室に行ったらたまたまディコ中隊長がそこで寝てたんです」
マーシェがあの厳しい小隊長と仲良く喋っているのを見て、仲間の新人たちが目を見開いていた。
「そういえば。今日は中隊訓練だな」
「はい、知ってます!」
「100人訓練だからな、気を付けろよ」
「えっ、何をですか」
「うん? まあ、見習いは色々大変ってことだよ」マーシェが少し怖がったのを見てスプトゥが笑った。「特に、今日は午後から雨が降る。気合入れてないと泥だらけになるぞ」
「はいっ、頑張ります! って、午後は雨なんですか? 今ものすごい晴れてますけど?」
「空の色がいつもと違うだろ」
「え、わかりませんでした。見てきて良いですか?」
「ダメ。配膳終わったらな」
「はーい。よーし、スプトゥ小隊長いつまでも喋ってないで早く行ってください! はいっ、次の方!」
マーシェは急いで配膳を終わらせようと張り切った。その様子に上官たちがみんな微笑ましく笑っていた。
しかしマーシェは本気だった。
こんなに晴れて気持ちのいい朝に、スプトゥは空の何を見て、午後の雨を予想したのだろうか。マーシェはそんなスプトゥをとても尊敬していた。
大急ぎで配膳を終わらせ(他人の分もやってしまった)急いで外に出て空を見上げる。
「ん~? 別に普通に見えるなあ」
いい天気である。
遠くに雲があれば、数分後または数時間後に雨が降ることが予測できるが、すぐに雨を降らせるような雲は見当たらない。もっと早朝だったら違ったのかもしれない。今度はもっと空の様子をちゃんと見ようと思うマーシェであった。
◇◇◇
その日の訓練は中隊訓練で、いつもの兵営の訓練場ではなく広い森のようなところまで移動した。
マーシェたち新入りはまだ個人での訓練しかしたことがない。多くても班での行動だけだ。
小隊には編入されていたが、中隊で行動するのは初めてだった。
移動するだけでも100人が整列して一斉に動き出す。それが軍隊だが、遠くにいる中隊長を見ていなければ指示に反応できない。集中力が必要だった。
とはいえ、移動程度ならまだ余裕があった。
中隊は比較的開けた広い森へ到着すると、ここで今日の訓練が説明された。なんのことはない、班ごとになって森を抜けるだけである。ただし途中で別小隊と物資の交換をして、情報を伝えることをしなければならない。それは小隊長と班長に情報が与えられるため、マーシェのような新入りや見習いは、ただ言われた通りついて行くだけの作戦とのことだった。
「良かったな、今回はあまり難しい作戦じゃないぞ」
班長に集められたマーシェを入れた6人は頭を寄せて出発前の確認をしていた。
「俺たちはスプトゥ小隊だとわかってれば問題ない。森を抜ける間にスプトゥ小隊長から指示が入る。今回は離れつつも一緒に行動するから、小隊長を見失わないで、都度指示を見極めて行動すればいいだけだ」
「はいっ」班員が返事をする。
「大丈夫だと思うが、違う隊の指示を受けないように」
「はいっ」
「では、出発だ。縦隊一列!」
ザっと6人が一列になり少し身を低くする。
すると前方の方に微かに中隊長ディコの姿が見えた。あそこから小隊に指示が出るのだろう。マーシェがすることはこの班についていくことだが、できることなら中隊長や小隊長の行動も把握したほうが良いのだろう。どんな感じなのか、緊張しつつもワクワクして出発となった。
※ファンタジーの世界ですので、軍隊の規模を小編成で設定しています。
ロズラックでは、中隊が100人規模、小隊が10人規模です。中隊長は10小隊をまとめています。小隊の中は5,6人程度の班になっていて、それぞれ班長がいます。