32、見習いの朝
マーシェ12歳
見習いの朝は早い。
入隊したと言っても、見習いはまだ本物の軍人ではない。たくさんの雑用と仕事を通して、軍隊のあり方を学ぶ。そして、小隊長または中隊長の付き人として雑用をこなし、訓練に参加しなければならない。
「おはようございます!」
ディコの執務室に元気な声が響く。
「・・・おはよう」
ディコは自室ではなく、執務室に泊まっていたらしい。きっと書類仕事が多かったのだろう。
「中隊長! いいお天気ですよ! はいっ、カーテン開けまーす!」
「うん・・・」
マーシェはもともととても早起きである。見習いの早起きなど文字通り朝飯前すぎて、ディコが付いていけないほどである。
「中隊長、昨日の書類できていますか!? あ、できてますね。これですよね? アーン中隊長に届けて来て良いですか?」
「待て待て待て、まだアイツも寝てるから。寝かせておいてやってくれ」
「え、でももう朝ですよ? 僕、今お届け物してこないと早朝訓練に間に合わないんです」
「早朝訓練の前に書類を持って行くな。午前点呼の後に持って行ってくれ」
「はいっ、わかりました! 今朝は何か御用はありますか?」
「・・・そっちの書類に目を通しておいてくれるか」
「了解であります!」
本来はマーシェのような新入りには読めないような書類ではあるが、ディコは積極的にマーシェを教育した。軍隊がどのように成り立っているか、国王や政治との絡みも知っておいた方が良い。新入りだろうとなんだろうと、できるやつ、見込みのあるやつはどんどん仕込むのがディコ流なのだ。
また、マーシェは本当に賢い子どもで、ここで知った情報を言いふらしたりもしなかった。まず、軍の中で扱う情報は、場合によっては人の命に係わることだと教えられてから、正しい情報がいかに大切かを知り、そしてその情報をどのように扱うかをよく考えた結果、絶対に誰にも喋らないということを、自分で決めたのだ。このマーシェの様子を見て、ディコはいたく感心し、またマーシェを信頼するようになった。
とはいえ、朝早くから元気に部屋にやって来るのには困っていた。
一通り書類に目を通したマーシェは、気持ちよく二度寝をしているディコを起こさないように、そっと部屋を出て、早朝練習へと向かった。
早朝練習は主に見習いや新入りのための体力づくりと仲間づくりのためのもので、班長クラスの者が率先して後輩を指導している。
この年の見習いはマーシェを入れて37人。いつもの年よりずっと多い。とはいえ、見習いを経験して実際に入隊するのはその半分くらいとなるのが常だ。そのくらいキツい生活となる。
「よーいドン! もっと速く、速く! 二人の息を合わせろっ、そこ!」
「はいっ!」
今日はスプトゥが指導役で、いつもの練習よりもずっと厳しかった。
早朝練習はまだ朝食をとっていないため、新入りたちは動きが鈍い。そんな中で二人一組で丸太を担いでリレーをしている。マーシェと組んでいる見習い生は14歳だが、すでにバテていた。
マーシェが相棒ごと一緒に引っ張りながら走っている。
「こらっ、息を合わせろ!」
「う、はい!」
一人で頑張ってはいけないのが軍隊である。二人一組と決まっていたら二人で力を合わせなければならない。そうしないとお互いに危険だからだ。
マーシェは丸太を持つ位置を微妙に変えて、相棒の負担を軽くしつつ歩調を合わせて走り出した。そのほうがバランスもとれているし、結果的に相棒は早く走れるようになった。
マーシェは体力も技術もあるが、スプトゥが気に入っているのは、こうして指示を出したときに、自分でどうしたら良いかをちゃんと考えるところだ。そして必ず上官の言うことを素直に聞く。軍隊ではこれが何よりも大事だということを他の新人たちにも教えるため、スプトゥはどしどしマーシェに無理難題を言ったが、マーシェはしっかりとついてきた。