29、子どもの叫び
子どもの叫び声を聞いたもう一人の魔術師も屋敷の中へ消えた。
「ぎゃああああああー!」
子どもの叫び声が聞こえるたび、マーシェは自分の身が裂かれる思いだった。カイに抱かれていなければ、屋敷に走って行ったことだろう。
屋敷からは魔法による音と光りが漏れ、まるで戦場のようだった。
その時マーシェはハッとして目を見開いた。
「ミー!」
マーシェが一言叫んでしまい、咄嗟にカイがマーシェの口をふさぐ。
マーシェは手足をジタバタと動かしながら「ウ―――!」と叫び続けた。
「ダメだ、マーシェ、落ち着け」
首を振り、体中の力でカイから逃れようと暴れるマーシェ。
それでもカイは絶対に離さなかった。ここでマーシェを離せば、またトクシックに捕まってしまう。すでにマーシェが声を出してしまったことで、トクシックはここにマーシェがいることに気づいているかもしれない。
いや、最初から気づいていたに違いない。だから子どもの叫び声でマーシェをおびき寄せようとしているのだ。
屋敷の音は止むことなく、ついに屋根が少しずつ壊れ始めた。バラバラと音と土煙をあげながら屋根が崩れていく。屋敷の窓も割れ、壁にひびが入っている。
子どもの叫び声が聞こえるたび、マーシェも唸った。
その時、屋敷の方からブワリと突風が吹きつけた。カイはマーシェを抱き込んだまま、顔を隠すように避けた。
その突風はカイをしたたかに打ち、そして見えない大きな手でマーシェを引っ張った。
「くっ、マーシェっ」
トクシックはマーシェがここにいることに気づいている。そしてマーシェを取り戻そうとしているのだ。
なんてことだ。
二人の魔術師と戦いながら、ここにいるマーシェすら引き込もうとするとは。
突風の中でカイは必死にマーシェを守った。マーシェの心はミーとヒーを助けたいと、屋敷に向かいたがっている。この魔法はその気持ちを利用しているからマーシェが持って行かれやすいのだ。カイの力だけでは耐えられない。それでもカイは絶対にマーシェを離さなかった。
「ひぎゃああああああー!」
子どもの声が一瞬高くなり、途切れた。
その時、魔術師ポレミクがいきなりカイの前に現れた。
「撤退!」
そう言うと、ポレミクはカイとマーシェを連れて転移した。
ポレミクはカイの屋敷に転移して、二人の手を離した。そしてその場に倒れ込んだ。
「ポレミク」
カイが近寄ると、ポレミクは気を失っていた。
カイとマーシェは無事だった。
無事というには、カイは傷だらけではあったが、魔法の影響や大きな怪我はなかった。マーシェは精神的に辛く震えていたが、怪我はなかった。
しかしポレミクは傷だらけで、顔などほとんどが血まみれだった。フードやマントもボロボロで戦闘が激しかったことを物語っている。
カイがポレミクをソファに寝かせ、怪我の手当てをしていると、ポレミクはみじろぎ苦しそうに目を開けた。
マーシェは聞きたいことがあった。ミーは、ヒーは助け出されただろうか。だけど聞けなかった。ポレミクは明らかに酷い状態だったし、もう一人の若い魔術師が戻っていない。
ポレミクもそれに気づき、体を起こすと蒼白になりながら辺りを見回した。
「まだ戻っていない」
カイが首を振った。