28、湖のほとり
小さな湖のほとりに小さな木の家が三つ建っている。周囲はまばらに木が生えていて、あまり手入れのされていない草が生い茂っている。のどかな風景だ。
しかしマーシェは鼻をおさえた。
微かにではあるが腐臭がするのだ。
「うっ」
マーシェが険しい顔をして睨んでいる方向にトクシックの屋敷があるのだろう。魔法で目くらましをしているため、何も見えないが魔術師たちにはそこに禍々しい魔法が施されているのがわかった。
「派手に動くとマーシェの気配が気づかれます。カイ、マーシェを連れてあそこの木の陰で待っていてください」
「わかった」
マーシェは気分が悪くてたまらなかった。嫌な緊張感が体中をビリビリと痛めつけるような気がする。
そんなマーシェの気持ちがわかるのか、カイは着ているマントにマーシェを包み隠すようにしながら木の陰で待機した。湖は見えるが、いい具合に隠れやすい。
魔術師たちは術の準備にとりかかっていた。
何もない目の前に手を伸ばし、手探りで何かを探しているように歩き回っている。彼らは悪い魔法の歪みを感じているのだろう。
「絶対に声を出すなよ。気づかれたら作戦は失敗する。魔術師だって危ないからな」
カイが囁くとマーシェは無言で頷いた。
ヒーとミーを助けるためだ。驚いたって怖くたって声を出すものか。しかし恐怖はすでにマーシェの心をいっぱいに満たしていた。息が浅くなり自分の心臓の音に飲み込まれそうだ。
魔術師たちの手が止まった。何かを感じたのだろう。
彼らは両手を広げて、互いに間を取って立った。そして一つところを見つめたまま、両手を組み術を発動させた。
じわじわと地面が小刻みに揺れ、ほんの小さな小石が時折踊るように跳ねた。
それから揺れは少しずつ増してゆき、遠くからの地鳴りのような音とともに次第にぐらぐらとした地震へと変化した。
マーシェのそばの木は枝を揺らして、上の方の葉っぱがざわざわと鳴っている。
この揺れはマーシェが助け出された時に感じたものと同じだ。あの時のことを思い出して、マーシェはさらに身を固くした。
それから魔術師が両手をあげると、空が急に黄色く光りだした。黄色い光は空を溶かすように、いや実際にはトクシックの守りの魔法を溶かし、少しずつ屋敷の形が見え始めた。
魔術師たちはさらに術を展開させ、杖を振った。
トクシックの屋敷に掛けた守りの魔法は、まやかしの魔法一つではなかった。魔術師が杖を振ると、屋敷から火の玉のようなものが飛んできた。それは魔術師たちを攻撃している。魔術師は杖を使ってそれらを避けながら、中に入るための魔法をかけ続けた。
火の玉は方々に飛んで、湖のほとりに立っている小さな木の家に当たり、屋根を焼いている。さらにマーシェたちの隠れている木の方にも飛んできては、辺りの雑草に火がつき始めた。
魔術師たちは一気に開放へともっていき、ついに大きな爆発音がすると、まるで太陽が落ちたかのように空から目もくらむような光が差してきた。
屋敷の守りの魔法が解けたのだとマーシェにもわかった。屋敷からははっきりとした腐臭が漂ってきている。
そして若いほうの魔術師の姿が消えた次の瞬間、屋敷の中から子どもの悲鳴が聞こえた。