26、ミーの声
「マーシェ!」
ディコが慌てて駆け寄る。
「すまない、大丈夫か!?」
スプトゥは顔面蒼白になっている。それを見てディコが首を振った。
「お前のせいじゃない。俺が悪かった。お前は気にするな」
ディコはマーシェが子どもだということを忘れていたのだ。あれだけ剣も体術も上手い子どもだ。気迫も大人に負けない。だから普通の兵士と同じだと思ってしまっていた。
しかしマーシェはまだ子どもだ。子どもは気まぐれで、集中力がない、そんなことは当然だ。今、目の前のことに心を奪われていたとしても、次の瞬間に興味をなくすことなどいくらだってあるはずだった。それを忘れていた。
マーシェは何かに気を取られたのだ。
ディコが見ると、首は皮が一枚かすっただけで、出血から心配するほどの傷ではなかった。しかしマーシェはディコが止血しようとしている間も、何か遠くを見て呆然としていた。
ディコが手当てを終えると、マーシェはいきなり振り返った。
「ミーが、ミーが死んじゃう! お願い、助けて! ポレミクに言って!」
「なんだって? ポレミクにって魔術師に? どうして」
「ミーが死んじゃう! あっちだ、あっちにいるから、お願い、ミーはあっちだ!」
マーシェは“あっち”と言いながらそちらへ走って行こうとしている。
ディコが目くばせをして、スプトゥが魔術師を呼びに行った。
魔術師のいる塔は訓練場から兵舎を周って向こう側だ。
すぐにスプトゥが魔術師を連れて戻ってきた。
「ポレミクさん、お願い、ミーがあっちにいる! 助けて、ミーを助けて!」
「落ち着きなさいマーシェ。なぜわかるのですか?」
「わからない。呼んでる気がする、あっちから、死にそうだって、苦しいって、ミーが死んじゃう、死んじゃう」
マーシェの悲痛な様子にポレミクは助けになってあげたいと思った。それにどうやら、本当にマーシェはミーの場所がわかっているようだ。
「カイのところへ行きましょう」
「早く、早くして、ミーがっ」
マーシェはいてもたってもいられないほどだった。
「落ち着きなさい。相手はあのトクシックですよ。丸腰で行けるものじゃないんです」
そう言われて、マーシェはぐっと唇をかんだ。
気持ちでは早くミーのところへ行きたい。しかし、それはトクシックのところへ行くということだと気づいたのだ。確かにそれは恐ろしいことだ。何も考えずに行ってなんとかなるものではない。
「私はこの子をカイのところへ連れて行きます。ディコ、あとは頼みます」
「はい。お願いします」
ディコが答えるとすぐに、魔術師はマーシェを連れてカイの家へ移動した。