25、もうひとゲーム
「そこまで!」
ディコが叫ぶと、スプトゥがいるのと反対側の溝からマーシェがひょっこりと頭を出した。そして訓練場に上って真ん中までやってきた。
「スプトゥ、いくら子どもでももうちょっと本気でやって良いぞ」
「あ、いや。え、すごくね?」
ディコはスプトゥが手加減したと思っているのかどうかわからないが、スプトゥはあっけにとられていた。今だに信じられない。
「マーシェは100点満点だな」
「違います、ほら」
マーシェはスプトゥの肩のボールと、そして腰のボールも見せた。両方とも塗料が付いている。
「マジか。150点じゃないか」
それにはディコも驚いていた。しかしマーシェは満足していないようだった。
「でも、僕も線が付きました、ほら」
マーシェの肘にうっすらと塗料が付いている。スプトゥの腕を転がったときに付いたのだろう。
「ここは点数にならないよ」ディコが言う。
「ううん。本物の剣だったら切られてるかもしれない。もう一回やりたいです」
「俺も、俺ももう一度!」
スプトゥも子どものように手をあげたので、ディコは大笑いしてしまった。スプトゥは若手の中でもかなり上手いほうだ。こんな子どもに負けたのでよっぽど悔しかったのだろう。
二人がもう一度模擬戦をするのを許可してくれた。
「でももう、時間も遅い。短時間で一勝負だぞ」
「おう」「はい!」
二人の気合にディコはとても嬉しそうに新しいボールを準備してくれた。
二人はまた背中を向けて立った。
今度は外野の兵隊たちも静かに見ている。
スプトゥは自分がいつもよりずっと緊張している気がした。ディコに稽古をつけてもらっているとはいえ、こんな子どもに誰が見てもわかるほどに負けたのだ。次は子ども相手だと思わずにしっかりと戦わなければ。
「はじめ!」
ディコの合図とともに、スプトゥは今度は間合いを取った。
この身軽な少年相手に至近距離で戦うより、腕の長さを生かした戦い方をしたほうが良いに決まっている。
スプトゥが見ると、マーシェは隙のない顔をして睨んでいる。何を狙ってくるだろうか。マーシェがフッと重心を落とした、と思った瞬間軽く間合いを詰めてきた。
マーシェが移動してくるところが、狙いどころだ。
スプトゥは今度こそしっかりと、マーシェの肩を狙って剣を構えた。このままマーシェが突っ込んできて、スプトゥの腕の長さを考えれば、先にスプトゥの剣の方が届くはずだ。
若手の中でも上手いほう、というスプトゥの剣は流石だった。
マーシェがスプトゥの剣を避けようとほんの少し体をそらす、その道筋を絶って間合いを計る。それができるのがスプトゥだ。
「よし!」
きれいにマーシェの肩のボールに青い線が付く、と思った時だった。
マーシェがいきなり、棒立ちになったのだ。
「あっ!」
見ていた誰もが声をあげた。
マーシェが避け損ねたのだ。
いや、避け損ねたのではない。マーシェはいきなり戦意をなくした。
マーシェの首から真っ赤な血が飛び散った。