24、ゲーム
短剣の稽古は、今までマーシェがやっていた長剣の使い方とは全く違った。マーシェはそれが面白くてたまらなかった。自分の指先のように細やかに操作できる短剣は、確かにマーシェのような体の小さな者にはかなり有効なのだろう。
教えてもないのに、マーシェは剣を投げたり、また壁に刺してそこを駆け上ったりと、ディコも驚くような使い方をして見せた。
半時が過ぎるころには、外野で見ている兵隊がどんどん増え、マーシェの動きをやんやと囃した。
「マーシェ、若い兵隊に胸を貸してもらうか?」
「胸を?」
意味が分からずぽかんとするマーシェを笑う兵隊たち。
「模擬戦をしてもらうんだよ。つまり、ゲームさ。スプトゥ!」
ディコはマーシェの肩と腰にボールを付けた。スプトゥと呼ばれて訓練場に入ってきた若い兵隊にも同じようにボールを付ける。それから二人の短剣の先に青い塗料を付けた。
「スプトゥはかなりの剣の使い手だからね、気を付けるんだよ」
「うん」
「ルールは、この相手のボールに線を付けたら50点。ただしボールを割ってしまったら即負け。相手の身体を切りつけてしまっても反則負けだ」
「うん」
「それから、線を付けてすぐに退避して相手の視界から隠れることができたらプラス50点だ」
「隠れるところなんてないですよ?」
訓練場は広く何もない。
「そうだな。30秒も見つからなければ良いか」
マーシェの問いに変な返答をしながら、ディコはそれしか教えてくれなかった。
訓練場の真ん中で、マーシェはスプトゥと背中合わせに立った。
「スプトゥ、泣かせるなよ!」
「手加減してやれ!」
「坊や、頑張れ!」
兵隊たちはがやがやと楽しそうにスプトゥとマーシェに声援を送っている。
しかしマーシェは本気だった。遊びやゲームと言われても、目の前の50点を取るのだ。
そしてそのマーシェの気合に、スプトゥは少なからず驚いていた。10歳にも満たない子どもの気迫にしては強すぎる気がする。
「では、はじめ!」
合図でまず動いたのはスプトゥだった。
振り向きざまにマーシェの細い腕を掴んできたのだ。剣を持っている腕を持たれてしまえば、それでゲームは終わる。あっけないものだ。
そうスプトゥが思ったその時、マーシェは剣を反対の手に持ち替えていた。そして大きく振りかぶって自分の腕を掴んでいるスプトゥの手に切りかかった。
「うわっ」
慌ててその手を引くスプトゥ。
スプトゥの手を切ってしまえばマーシェの負けだ。そんなことはマーシェはわかっていた。剣筋を反らせてスプトゥの腕の上を転がり、そのままストンと着地して、スプトゥの後ろに回る。
スプトゥもくるりとマーシェに振り向き、小さな肩についているボールへと剣を伸ばす。その腕めがけてまたマーシェは突撃してきた。
「うっ!?」
あまりにもマーシェの動きが速いのと、迫力がすごいせいで、ゲームだというのに身の危険すら感じる。スプトゥは切られるはずのない自分の喉を庇い体をわずかに避ける。その線を待っていたかのようにマーシェは伸びあがり、その肩のボールに剣先を当てた。
スプトゥのボールに青い線が付く。
「マジか!」
「なんだ、アイツ!」
外野の声が聞こえた時にはもう、マーシェの姿が見当たらなかった。
「え?」
スプトゥはひとり訓練場の真ん中で立っていて、キョロキョロと足元を見渡し、それから石舞台の浅い溝を見に行った。
確かにマーシェは、スプトゥのボールに線を付けると、すぐにスプトゥの死角に入り、そのまま溝へと入って行ったのだ。そんなところ子どもじゃないと入り込めないほど細いのだが。マーシェはそこに入ると、スプトゥの様子を伺い、スプトゥがのぞく反対側へと逃げて行った。