21、ディコとの出会い
カイの家で暮らし始めたマーシェは、みるみるうちに健康な心と身体を取り戻した。もともとそういう気質でもあったのだろう。良いことを教えるとしっかりと自分のものにしてよく学んだ。
ただ、しばらくの間はヒーとミーのことが心配で、何度もカイやポレミクに二人のことを探してほしいと願ったが、それがどんなに大変なことかを言われるだけで何も解決はしなかった。
なにしろトクシックは身寄りのない子どもを引き取っているうえに、荒れ地の屋敷をひきはらいどこかへ行ってしまったのだ。そしてきっとその場所も見つからないように魔法をかけているのだろう。二人を見つけるのは不可能に近かった。
それでマーシェは、魔法使いは何も願いを聞いてくれないのだと、ほんの少し心を閉ざした。
それでもカイはマーシェに心を砕き、彼のためにできることをしていた。
ヒーとミーの記録がないか、方々の孤児院をまわっては情報を集めてくれた。
ところで、マーシェは体を動かすことが好きだというのがわかり、カイは早速マーシェのために、剣の先生を呼んできた。
「今日からマーシェの剣の先生になる、ディコチレードン・ロウだよ」
マーシェから見ると、ディコチレードン・ロウは爽やかな好青年で、ひと目でその笑顔が気に入った。
「マーシェよろしく。ディコって呼んでくれ」
「ディコ、先生。よろしくお願いします」
「ディコはこの若さですでに国軍の小隊長だ。今は西の国境の警備に来ているから、毎日夕方に来てくれるよ」
カイがそう説明すると、マーシェの顔は喜びで晴れ晴れとした。
小隊長をしているディコに直接剣を学べるなんて、素晴らしいことだ。
「わあっ、ありがとうございます」
マーシェは年相応の顔をして、カイとディコにお礼を言った。これを見てカイはディコを呼んで良かったと安心した。
◇◇◇
ディコはまだ5歳のマーシェに、まずは剣の持ち方から、そして剣の振り方を教えた。そして何より教えなければならなかったのは、どうして戦うかという基本的な心づもりだった。
「敵を痛めつけて殺すためでしょう?」
そう答えたマーシェにディコは丁寧に教えなければならなかった。
たった5歳の子どもが「敵を痛めつけて殺す」などということがあるだろうか。せいぜい「やっつける」というのが子どもの発想だが、マーシェはまず「痛めつける」と言った。
「覚えておいて、マーシェ。俺たちは敵を痛めつけたり殺したいわけじゃないんだ」
穏やかに語るディコを見て、マーシェは自分が間違っていたことに気づいた。
「俺たちが戦うのはね、誰かのためなんだよ。マーシェ、君は人が生きる意味を考えたことあるかい?」
ディコはマーシェが辛い生活をしていたことを聞いていた。だからこそ、幼いとはいえマーシェは生きることを考えたことがあるだろうと信じていた。
「誰かのために何かをすること、それが生きるということなんだ」
マーシェはヒーとミーのことを思い出していた。フーがいることで、ヒーとミーは生きていた。ヒーとミーがいることでフーは生きていた。フーが一生懸命生きたのは、ヒーとミーのためだった。
フーがいなくなって、二人はどうしているだろうか。トクシックに殺されるのではないだろうか。そう思うと、苦しくてマーシェは泣いてしまった。
「俺たちが剣をふるうのはね、自分の身を守るため。生きていればきっと仲間を助けられる。仲間のためなんだよ。だから、マーシェ、君は頑張って生きるんだ」
希望を信じて。
マーシェの心に聞こえたその言葉は、ずっと心の中に残った。マーシェはその言葉を信じていた。そしてマーシェの剣はこれを機にしっかりと変わっていった。