2、貴族の館
トクシックの家は孤児院よりもさらに北の辺鄙なところにあった。
貴族の館は大きく豪華ではあったが、人の気配がなく陰鬱とした雰囲気をしている。そこにマーシェは連れてこられ、保母は何も言わずに去って行った。
「おい、子ども!」
「はいっ、今まいります」
マーシェが着くと、すぐにトクシックは誰かを呼んだ。“子ども”と呼ばれて出てきたのは、確かに子どもだった。マーシェよりも3歳くらい年上だろう。あどけなくはあるが、聡明な顔をしている子どもであった。
「新入りだ。仕事を教えてやれ」
「はい、トクシック様」
「子どもが二人か……ややこしい、お前はヒー、お前はフーと呼ぶ。わかったか?」
「はい、ご主人様」
ヒーと呼ばれた子どもはすぐに返事をしたが、マーシェにはそれがどういうことかわからなかった。自分にはマーシェと言う名前があるのだ。しかし、トクシックは何も答えないマーシェの頬をいきなり殴りつけた。
「返事をしないと殴る。覚えておけ」
「う、は、はい」
マーシェは頬の痛みの意味を理解すると、返事をするしかなかった。
「フー、おいで」
「はい」
マーシェは自分がフーと呼ばれることがわかった。マーシェが賢い子どもでなければ、ここで泣いたり、口答えをしたりしたことだろう。しかしマーシェはトクシックが自分の頬を殴ったことで、すべてを理解した。
マーシェ、ここでいうところのフーは立派な部屋に案内された。
「ここが君の部屋。隣が僕の部屋だよ。僕たちがするのは、勉強とトクシック様のお手伝いだ。あとは良い子にしてること」
「うん」
この“良い子にしてること”ということは、子どもには難しい。しかしこれがこの二人に課せられた最大の仕事かもしれない。
「呼ばれたら、すぐにトクシック様のところへ行けば良いんだ。あとは、何をするか、その場で言われたことをすればいい。君は小さいけど、何歳?」
「ぼく、3歳」
「3歳? 小さいと思ったけど、そうか」
二人で話をしていると、すぐにトクシックの声が聞こえた。
「ヒー、フー、来なさい」
「はいっ、ただいま!」
「はい、ただいま!」
ヒーが答えたのを真似て、フーも大きな声で答えた。そうして二人で走ってトクシックのところへ行く。
「ヒー、お前は勉強をしろ」
「はい」
ヒーはお辞儀をするとすぐに部屋に戻って行った。
「フー、お前はこれからのことを教えるから、一度で覚えるんだ」
「はい、トクシック様」
きちんと答えたフーを見て、トクシックは満足したようだ。
「まずは、この服に着替えろ」
そう言うと、トクシックはどこから出したのか貴族の子どもが着るような衣服をフーに手渡した。ヒーが着ていたものの色違いのようだ。
「はい」
着方がわからないが、ヒーに聞けばいいだろう。
「それが済んだら、お前は体を鍛える。水汲みと薪割りはお前の仕事だ」
「はい、わかりました」
「字は読めるか?」
「いいえ」
「そうか。お前いくつだ?」
「3歳です」
「ああ、そう言ったな……水汲みと薪割りが終わったら言いに来い」
「わかりました」
フーはさきほどヒーがしたように、お辞儀をしてそしてすぐに部屋に戻って着替えをしに行った。
トクシックの屋敷では、生活のことは基本的に魔法で賄われています。
衣食住は魔法で何でもできるので不自由はありませんが、フーの身体を鍛えるために水汲みや薪割をやらせています。