16、ベッドメイク
フーはトクシックの言いつけができなかったので、きっとひどく殴られるだろうと覚悟していた。あの時、少年の目を切れなかった時、殴られるでは済まされない、殺されるのではないだろうかとも感じたほどだった。
しかし、次の朝トクシックはフーを見ても殴りつけたりはしなかった。
「フー、お前は今日はベッドメイクをしろ。ミーは外だ」
「はい、わかりました」
ミーが掃除道具を持って行こうとしたところでそれだけを言うと、トクシックは研究室に入って行った。
殴られなかった。と安堵したのもつかの間、フーはベッドメイクをするために、あのいやな地下室へ行かなければならなかった。ベッドメイクと聞いて嫌な予感はしていたのだ。自分たちどころかトクシックの寝室のベッドメイクすらしたことがないのだから、思い当たるのは地下室の寝台だけだ。
地下室の鍵と掃除道具、そしてベッドメイク道具を持って階段を下りる。
あの嫌な臭いがすでに階段途中までただよってきていた。なるべく息を吸わないように浅い呼吸をしながら、フーは地下室の扉を開けた。
中には大きな寝台が一つ。
その上には、あの少年が転がっていた。
裸の少年は血だらけで、他にも何かわからない液体が飛び散っていた。硬直した手は、その少年がもう息をしていないことを語っている。一晩中叫んでいた少年がどうやって死んだかなど4歳のフーにわかるはずはない。ただ漠然と酷い死に方をしたということだけがわかる。
その遺体を運び、あの風呂おけに押し込む。誰のともわからない骨が見えていて、それ以上をなるべく見ないようにしていても、フーはまた嘔吐いていた。
汚れた所を掃除し、寝台を整える。
この作業は、殴られるよりもずっと心を蝕んだ。
恐怖を五感に植え付けられ、正気でいられたのは、昨晩のあの絆のおかげだったかもしれない。
それが終わると、その日は外の仕事はミーがやっていたので、フーは研究室の手伝いをしなければならなかった。
ミーは外で虫を集めて来て研究室に届けてきた。
フーの仕事は、その虫の足と羽をちぎって乳鉢で潰すという作業だった。
あれだけおぞましいものを見た後のフーには、虫を潰すことなどなんてことない作業だと思うのだった。
しかし恐ろしいのは、その心の変化だった。
フーが虫を潰すのができるようになり、ずいぶん慣れると、次は生きた魚を捌かされた。そして次は、小さなネズミ、小動物と、少しずつ殺すことに慣れていった。それには数か月かかったが、フーはいつの間にか動物を剣で屠ることができるようになっていた。
そうして気が付くと、鍛錬場には大小さまざまな動物が吊るされ、泥人形の時と同じように、それらの目を切りつける訓練を仕込まれた。幼いフーの分別はそうして壊れていったのだった。