12、ヒーの耳
気が付いたとき、三人は見たこともない荒れ地に立っていた。
ぬるりとしたものがフーの手にかかる。それは赤い、血だった。
「耳がっ」
ヒーの顔は血だらけだった。片方の耳を押さえようとした手も血だらけだが、そこに耳がないのだ。
「耳が取れたか」
トクシックは蔑むように笑いながら、白い杖を振った。すると子どもの耳が手の中に現れた。
「ミー、つけてやれ」
「はい」
ミーはトクシックに渡された耳を持つと、震える手でヒーの耳のあったところへそれを付けた。そんなことをしてくっつくのだろうか。そこへまたトクシックが呪文を言うと、少なくとも血は止まったようだった。
しばらくミーは、耳を押さえてじっとしていた。
痛みで泣いていたヒーは、少しずつ落ち着いていった。
そしてしばらくしてミーが手を離すと、耳はちゃんとくっついていた。
魔術で空間を移動した際にヒーの耳が取れてしまうアクシデントなど気にしないかのように、引っ越しは無事に済んだ。
新しい屋敷は荒れ地にあり、見える範囲で家も人も見当たらなかった。
屋敷は前の屋敷とほとんど同じで、部屋も衣服もそろっていた。フーの鍛錬場もあった。
ヒーの血を拭いてやり、部屋の確認をすると、今までと同じように勉強と仕事をする生活が始まった。
なぜここに引っ越ししたのか、理解できないほどに、以前と同じだった。
違ったことといえば、荒れ地に来たことで逃げ出すことは難しくなるだろうし、人にも見つからないだろう、ということだった。それに、トクシックはこの屋敷が誰からも見つからないように、魔法を強化していた。
それは子どもたちが逃げ出さないようにする、という目的ではなかった。結果的に子どもたちが逃げ出しにくくなったのは確かだが、それよりも彼の研究や実験のために、誰にも見つからない場所に移動してきたのだ。
彼のおぞましい研究のために、子どもたちはますます逃れられなくなっていったのだった。
引っ越して初めての夜、三人はいつものようにフーの部屋に集まっていた。
「ごめんよ。少し曲がっちゃったみたいだ」
ミーはヒーの耳のことを謝っていた。
「ううん、ちゃんと聞こえるし、これで良いよ」
「ねえ、どうしてミーが耳をくっつけたの? ミーは魔法が使えるの?」フーが聞いた。
「え? 僕は魔法なんて使えないよ。魔法は魔法使いしか使えないだろ?」
こんなところにいても、ミーは朗らかだ。彼の笑顔を見ると、フーもヒーも疲れや恐れが少し癒えるのを感じていた。
「魔法って魔法使いしか使えないの? じゃあ、トクシックは? 魔法使いなの?」
「まさか。彼は魔法使いじゃないよ。魔法使いは自分のためには魔法を使わない、賢者と言われる種族だからね。トクシックはただ真似をしてるだけ。彼が魔法みたいなことができるのは、あの石とか植物とかをうまく使ってるからなんだよ、彼はまがい物なんだ」
ヒーが教えてくれた。ヒーはトクシックのそばで働いているし、勉強でも魔法について研究するように言われていることもあって、魔法使いのことに詳しかった。
「この大陸にはいろんな種族がいてね、それぞれ特色があるんだ。大半はぼくたちのような人間だけど、西の方へ行けば肌が緑色でもっと背の高い人たちが住んでいる。彼らは魔法使いではないけれど、水を操る能力があると言われている」
「水を操るって?」
「僕もまだ詳しくはわからないけど、本には、水の上を歩けるって書いてあった」
「ほんと!? すごいね」フーはとても楽しくなった。
「いろんな人がいるんだよ」
ヒーはちらりとミーを見て、呟いた。