11、引っ越し
それから数日後、また人がやってきた。
フーは知らない人間が屋敷に近づいてくるのを見て、急いでトクシックを呼びに行った。
「トクシック様、屋敷に誰か来ています」
「なんだって? お前たちはここにいろ」
「はい」
トクシックは外へ出ていくのを見届けると、ミーが言った。
「どんな人が来たって?」
「男の人だったよ。たぶん孤児院の人だと思う」
「ふうん。フー、良かったね。今度は殴られないね」
「うん、ヒーもミーもありがとう」
それだけを言うと、ヒーとミーは仕事に戻った。いつまでもお喋りをしていて見つかるとまた殴られるからだ。
フーはここにいなければならないので、ミーの仕事を手伝うことにした。
ミーは薬草棚の片付けをしていた。薬草や鉱物がガラス瓶に入っている。どれが何なのかはフーにはわからなかったが、ミーは手際よく片づけたり、瓶を拭いたりしていた。
ヒーとミーはいつも、トクシックの研究室の手伝いをしている。あのトクシックのそばにずっといるなんて、想像しただけで息が詰まりそうだとフーは思った。
少しするとトクシックは研究室に戻ってきた。お客は一緒ではなかった。
「明日の朝、引っ越しをするからそのつもりでいろ。荷物は持たなくて良い」
「「「はい、わかりました」」」
わけのわからない指示にも、口答えせずに従う。それがトクシックにとってのいい子だ。他に選択肢はない。
そうして、次の日の朝トクシックは三人の子どもを連れて屋敷を出た。言われた通り何も持たずにただついて行く。彼らが住んでいたのは辺鄙なところで、北側にはうっそうとした森があり、外へ出ても暗い雰囲気だった。その森のそばを歩いて行く間、誰にも会わなかった。
2時間ほど歩いた時、やっと集落らしい小さな家がいくつか見えた。しかし人の姿はない。
トクシックはその集落の、一軒の家を目指していた。蔦に覆われた、人など住んでいないようなあばら家だ。扉を叩き、返事を待たずに扉を開けた。
「入れ」
「はい」
促されて子どもたちは家に入る。トクシックもすぐに家に入り、扉を閉めた。
すえた匂いのする家だ。薄暗い家の中には老人がいた。
「これで、お願いするよ」
トクシックはその老人に何かを渡した。金ではないが小さな袋だ。覚えのある腐臭が微かに鼻を突く。
老人はそれを受け取るとにやりと笑った。
「そこに立て」
「はい」
トクシックの指示したところに三人が立つと、老人はトクシックに向かって白い棒を振った。
途端に家がガタガタと揺れだした。家の中に土埃が舞い上がりそれが渦を巻く。音が大きくなり、軋み歪んだと思ったその時、三人はどこかへ放り出されたと感じた。
「んんんー!」
自分が溶けていくような気持ちの悪さに、ミーはフーを庇うように、ヒーはミーを庇うようにしがみついた。
「ぎゃああああああー!」
自分が溶けて歪んだ空間に食われたような感覚の後、フーが聞いたのはヒーの叫び声だった。