10、三人の夜
夜、子どもたちはフーの部屋に集まっていた。
「大丈夫かい? 今日はひどかったな」
ヒーがフーを気遣い傷口に薬を塗ってくれた。それからミーが頭を撫でてくれる。
二人はフーのことを弟のように可愛がってくれた。
トクシックは夕食を食べるとすぐに部屋に行ってしまう。トクシックには「夜行獣の声がするまでには寝ろ」と言われているが、それまでは起きていても叩かれない。勿論やり残した仕事や勉強があればやらなければならないが、少しの自由時間はあった。それで子どもたちは毎晩こうしてお互いの部屋に集まって少しの間おしゃべりをしていた。
「まあ、仕方がない。あんなところで立ち話なんてしたら殴られるに決まってるさ」ミーが言った。
「ぼくが言ったこと、トクシックに聞かれてたの?」
「いいや、いくらトクシックだって、そんなことまではわからないはずだよ。でもね、彼は屋敷の周りに魔法をかけてる。誰かが来たり、僕らが逃げ出したりするとわかるようになってるんだ」ヒーが言った。
「「逃げ出す?」」フーとミーが口をそろえた。
二人とも逃げ出すことなど考えもつかなかったからだ。
「実は、フーが来る前にもう一人子どもがいたんだ。その子は僕より先にここに居て、いつも逃げ出そうとしていた。それでトクシックが研究室にいるときに逃げ出したんだけど、すぐにつかまっちゃってさ、そのまま地下室行き」
「うわあ」
ミーが顔をしかめている。フーはゾッとして何も言えなかった。
「だから逃げ出そうとするなら、よっぽど勝ち目がなけりゃね」
ヒーは、逃げ出そうとしているのか、それとも逃げないほうが良いと言ってるのか、わからないが、どちらにしろ逃げ出すのは難しいということはわかった。
「でも僕はあの時逃げ出そうとしたんじゃない。どうしたらよかったんだろう?」
「そりゃ簡単だよ。トクシックの言う通り、いい子でいればいいだけさ」
「でも、お客が来たのに、返事をしただけなのに」
フーは納得いかなかった。あの時の言葉を聞かれなかったのなら、なぜ殴られたのだろう。
「いい子ってのはさ、子どもとして良い子ってわけじゃなくて、トクシックにとって都合のいい子どもってことだ。もし客がきたら、返事をしないで仕事を続けるか、トクシックを呼びに行くか、それが正解だね」
「なるほどね。それなら絶対にトクシックにとって都合が悪いことは起こらないし、子どもらしい行動だ」
ミーの正解案に、ヒーは大人のように納得してうなずく。
フーも賢い子どもではあったが、ヒーとミーはさらに頭がよく、また良く心得ていた。
「だから、お客がいるときならば、トクシックのことを“お父様”と呼べばいいし、トクシックになついた子どもらしくしていれば殴られないさ」
「ふうん、わかった」
「さ、もう寝よう」
ヒーとミーは、フーの頭を撫でて、そしてそれぞれの部屋に戻って行った。