1、孤児院
マーシェは孤児院にいた。それはマーシェが誕生して1歳になる前に、両親が何者かに殺されたためだった。彼には身内がいなかった。
マーシェの住んでいる孤児院は大陸にあるロズラックという豊かな国の、北の方にあった。冬は寒く孤児たちは寒さをしのぐために弱い者の寝具を奪い取るようなこともあった。豊かな国とはいえ、孤児たちはいつも飢えていた。
時々は子どもを引き取りたいという大人がやってくる。子どもたちは孤児院から出るために、一生懸命お利巧にふるまった。しかし、たいていの場合は赤ん坊だけが引き取られていった。
そんな中、5,6歳の子どもだけが集められる時があった。
「トクシック様がいらしたわ。シャツの裾を直しなさい」
保母たちに促されて5歳から6歳、または小柄な7歳の子どもたちは整列する。子どもたちにとっても、これが最後のチャンスとばかりに、身なりを整えて廊下に立った。その前をトクシックがゆっくりと歩き、子どもたちを眺める。
トクシックはこの孤児院だけでなく、よその孤児院にも多額の寄付をしている有名な紳士である。貴族であるが研究や実験に時間を費やし結婚はしていない。しかし子どもが欲しいと言っては年に2回ほどこうして孤児院にやってくるのだ。
「ふむ。君はいくつだね?」
「6歳です、トクシック様」
トクシックは賢そうな子どもに話しかけると、子どもは嬉しそうにはっきりと答えた。しかしその子どもにはそれ以上声を掛けず、数人先の子どもに「勉強は好きかね?」などと話しかける。
「は、はい」
子どもが勉強など好きなはずはない。しっかりと答えられない子どもに興味はないトクシックは廊下の反対側の窓を見てため息をついた。
その時、窓の外の中庭で遊ぶ子どもを見て、トクシックはピンときたようだった。
「この子どもたちはいい。少し庭に出ても?」
「ええ、勿論ですわ。さ、あなたたちはお部屋に戻りなさい」
保母は、子どもたちを部屋に戻し、トクシックを中庭へ案内した。
中庭では2,3歳の子どもが数人よちよちと遊んでいた。トクシックはすぐに一人の子どもに目を付け、その子どもの遊ぶのを眺めながら目を光らせた。
「あの子どもは? いくつだね?」
「マーシェでございます、3歳ですわ」
「あの子にしよう」
「まあっ、ではすぐに準備をさせますわ」
「うむ」
トクシックは庭で元気に遊ぶマーシェに目を奪われた。マーシェは年の割に身体が小さかったが、少し見ただけで身体能力がずば抜けていることがわかったからだ。持ち前の体力と運動神経。それに、なにより顔が美しく、目つきがしっかりしていた。
こうして、マーシェはトクシックに貰われていくこととなった。