表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Amour  作者: 星河 翼
4/12

#4 玲於奈と雛

「すみません……あの、気分が優れなくて……」

 そう言って保健室のドアをガラガラと開けた雛は、少しだけ緊張しているようにも感じられたが、心転換した瑞希は女医を演じきることに集中した。 

「あら、桂さん。体調が優れないの? そうね、今日は少し肌寒いし、風邪なのかもしれませんね。ゆっくりベッドで横になっていて良いですよ」

 瑞希は、風邪薬と称して実は只の漢方薬を雛に渡した。雛はその薬を飲んで良いのかな

? なんて感じで見つめていたけれど、お水を渡されここで飲まないとやっぱり疑われるのかも知れないと素直にコクンと飲んだ。

それから、デスク奥のベッドまで足を運ぶと、セーラー服の上に羽織っているセーターを脱ぎ、ベッドに横たわった。そして、目を瞑る。今自分の置かれている立場を鑑みながら。

 暫くすると感情が高ぶってただけあり疲れも有ったのだろう、吸い込まれるように眠気が彼女を夢の世界へと誘った。

「なるほど。よっぽど心が疲れてしまったんだな。寝息が聴こえてくる……今はお休みお姫様?」

 そんな事を、瑞希はカーテン越しで呟いた。

 少しほっとできた。そして、暫くの間ゆったりとデスクに向かって腰をかけ近くにある小難しそうな本を手に取り過ごす。

 そんな一時間目が終わる頃、礼司から連絡が入ったのである。

『瑞希様。天界の使徒から連絡が入りました。

この一件、小悪魔の仕業という情報です』

 礼司は、抑揚も無く平たくそう言った。

『小悪魔? 何故俺のお勤めに関して奴らが関与するってんだ?』

 瑞希にとってそれは非常事態である。今までそんな事など無かったからである。しかも、こんな見習い天使のお勤めに関与するとは考えられなかった。

その問いに、礼司は冷静に現状況を伝える。

『それに関しての詳細はまだ結論が出されておりません。しかし、見慣れない二人組みの女性がクラスに居ると言う報告を天界にした所、その二名が小悪魔の可能性があると考えられます』

『転入生ではないのか?』

 見慣れないと言うだけでは、そうとるのは軽率だろう。

『いえ、彼女たちはこのクラスに既に溶け込んでおり、過去の経歴等が学園側には無く、私達以外記憶の改竄がなされているようです』

 と言う事は、人間ではないという事であり、ましてや天使でもない。見習い天使は、学園に一組と決められている。よって、礼司が言うように、不審な二人組みであり、小悪魔である可能性は百%と言っても過言ではないだろう。

『そうか、判った。それに関しては取り敢えず礼司、お前に一任しておく。今のこの失敗がその小悪魔達による物であれば、その者達と接触を考えなければならない。それが、天界にとって大事にならないようにな。でもそれは、この雛と玲於奈の二人をどうにかしてからだ。すまないがそういう事で、今は監視を続けていてくれ』

 瑞希はそう伝えると、礼司との交信を止めた。そして、女医としての本体に意識を飛ばす。ベッドで寝ている雛が夢から醒め意識を持って白いカーテン越しに語りかけてきたからであった。

「先生? 今お話をしてもしても大丈夫でしょうか……」

 雛は、女医が今仕事をしていると不味いかなと思ったのだろう。一言添えられたその言葉を先ず持って問い掛けたのである。しかし当の瑞希は礼司と交信していただけであり、女医としての仕事など持ち合わせてはいない訳だ。

「大丈夫よ? 何か相談事でもあるのかしら。桂さんは?」

 瑞希はゆったりとした声色で返事をした。なるべくなら、話しやすい環境を作ってあげるのも必要であろう。

「先生って、何でもお見通しなんですね。凄いです」 

 雛は、ちょっと不思議そうな口調でそう言った。

「凄いかどうかは判らないけど、その人が今どういう気持ちでいるのか位は判るつもりよ

? だって、病気は気から。気と言うのは心が病んでるという証拠。だったら治したくなるものね」

 その言葉に、雛はクスっと笑った。少しはパニックだった心の整理が出来てきたのかもしれないなとカーテン越しに瑞希は思った。

「先生。一つ訊いても良いですか?」

 そこで、瑞希は受け入れるように、

「何? 先生に判る事なら質問にいくらでも答えて上げられるわ?」

 そう、答えられる範囲であれば、この雛の質問に答えてあげよう。この状況を塗り替えられる何かが存在するなら、今の女医と言う立場は必要不可欠なのであるのだから。

「多くの友達と、一人の大好きな人。そのどちらかを選択しないといけない事になった場合、先生ならどちらを選びますか?」

 雛は真剣に考えているのだろう。これから先、この学園を去ってしまわなければならないのか? それとも真由美達の居るあのクラスに嫌でも通い、そして玲於奈との関係を絶つ。その選択を。

 この学園を去る。それは簡単そうに感じられるが、それには家族に色々問い詰められる事にもなるし、有名な進学校を去った後どうなるかと言う不安もあるだろう。中退。編入。どちらにしても、新しい環境に慣れるまで色々な問題を抱える事となる。但し、こうなると、雛と玲於奈という関係は保たれ、学園以外で逢えば済む事。

 それに反して、心の壁を保ち続けながら、玲於奈との関係は無かったと断言し、空虚な学園生活を続ける。

 その場合、何処までも心は閉ざされたまま。

 そんな選択を迫られているのだ。今の雛は。

 だから年上であり、人生の先輩として心を開けそうな女医である瑞希に問い掛けたかったのだろう。

「何だか究極の選択ね。でも、先生にとっての友達は心を許せる。そんな友達がたった一人でも居れば充分だと思うわけ。だって、前にも言ったと思うけど、出逢いは沢山あるの。この先ずっと」

 そう、死が訪れるまで、人は誰かと出逢う。それは、内に篭らず、外に出ていればいくらでも。

 だけど、たった一人。心を許せる人物が居るならば、それは、この雛にとっての心の壁がそこで砕ける。そう、友達は数ではないのだとそう伝えたかった。それが正しい答えであるのかどうか? それは瑞希自身、自信はない。勝手な天使様の都合でもある。

「そうですよね。たった一人でも友達が居ればそれで充分ですよね? あたし、迷ってたんです。いろいろ有って……でも、先生の言葉を聞いて少し気持ちを入れ替えられそうです。すみません。こんな変な事を訊いてしまいまして……」

 雛的には、自分の今ある事実を避けて打ち明けるまでに、言葉を探すのは大変な気力が要ったであろう。玲於奈の事も有るのだから。

 だけど、自らがどうするべきか? それを少しでも一人で考えなければならない。それが玲於奈の意に反することになろうとも、考えなければならないのだ。そこに自分が無ければ玲於奈に対して失礼になる。そう考えたのだろう。ただ、後押ししてくれる何かが必要だった。それが、女医に扮する瑞希であっただけだ。

「そう。自分で決めたのだから、後は自分の言葉でその友達に言う事だわ。自らが必要なのは何なのかを……ね」

 瑞希はそう言って、言葉を切った。これ以上は、雛には何もしてあげられない。当人達の考える事。でも、その行く末は見届けなければならないけれど。この件に小悪魔が関与している限り……

 心を据えて瑞希は立ち向かわなければならないのだ。それは、この雛と玲於奈を見守りつつも自らの力で。だから、これ以上自ら雛に質問する事はお門違いなのだ。

 問い掛けたい事はある。真由美の事を……でも、それは只のお節介であり、雛という個性にとっての傷をえぐる事になる。

 この件に関して問い質すならば、玲於奈にであろう。でも、その玲於奈は此処には来ていない。あの玲於奈なら、女医である瑞希に二人の関係がバレている為、愚痴代わりにでも感情を伝えるであろう。でも、それは雛の前ではしないと思える。二人きりになるそんな瞬間が来るであろうか? そう思いながら、仕事をしているように見せかけるために、本棚の本を取る振りをする。きっと、雛にはそのシルエットしか見えていないであろう。でも、これで雛との会話は終わったと気付くはず。否、雛自身、もう必要のない事だろう。だから、此処の保健室は、シーンと静まり返ったのだった。


『瑞希様……聴こえておいででしょうか? 瑞希様!』

 礼司の声にハッと我に返った。それは、ゆったりした夢の中の居心地と似ていた。瑞希は何時の間にか本を抱えるようにして眠りに就いてしまった様だ。そして、ベッドの方を見る。そこには、まだちゃんと雛は横になっているシルエットが確認された。

『悪い。眠っちまってたようだ……今は何時限目だ?』

 そう問い掛けながら、この部屋の時計を確認する。今は十二時前。昼になる一歩手前というところだった。

『四時限目です。眠っていらっしゃったのですね……まあ良いですが……』

 礼司は少し声のトーンを落とした。そして、また自然といつものトーンに戻る。

『四時限目まで、あの二人を観察しておりましたが……今のところ何も行動は起こしてはいないようです。只授業中に眠っているようですが。まだこのまま監視を続けますが、瑞希様の方はいかがでしょうか?』

 そうだった。まだ目にはしていないが小悪魔の二人組というのが居たのだったと思い返し瑞希はポリポリと考えるように頭を掻いた。

『悪い。こっちの方はまだ何とも言えない様な状況だ。目を離すわけには行かない。礼司はそのままその小悪魔達を監視していてくれ。一段落できたらそっちに戻る。俺もその二人組を見ておきたいからな』

 瑞希はそう言うと、四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。

『了解致しました。ではまた後ほどご連絡致します』

 速やかに礼司は言葉を切った。そして、チャイムは鳴り終わった。

 だから瑞希はそれを合図に、雛に声を掛けたのである。


「桂さん。お昼よ。お弁当持って来ているのでしょう? 先生と一緒に食べない? カーテン開けるわね」

 瑞希は、自らの所有物でもない女医の鞄を開けて、そこからお弁当を出し、ベッドの近くまで向かうとカーテンを開けた。

「あ、はい。でもあたしは何処で食べたら良いのでしょうか?」

 雛は、ベッドに腰を掛けた状態になり、ベッドの脇にあるワゴンの上に乗せたままにしている自らの鞄を抱えた。

「先生が、此処に椅子を持ってくるから、桂さんはそのままそこでお食べなさい。少し横になったら、楽になったでしょう?」

 瑞希は、数時間前の会話を無かったかのようにして、雛に今はお昼だよとだけ認識させる。

「判りました。では此処で失礼しますね」

 雛は、自らが持ってきたそのお弁当を開ける。そこには女の子らしく可愛い装飾がなされていた。おかずにはたこさんウインナーに、ミートボールにグリーンアスパラを楊枝で刺す代わりに使っていたり。くるくる柔らかそうな卵焼き。そして、イタリアの国旗のような配列のご飯。きっと色々と炒めたご飯がその配列をなしているのであろう。デザートにはうささんりんご。そんな色とりどりなお弁当を見て、

「桂さんは、これ自分で作っているの?」

 と問い掛けた。それは自ら空けた女医のお弁当の中身が、冷凍食品やら昨晩の夕食の残りである事に気が付いたからである。

「あ、はい。こういうことするの大好きで。毎朝作ってるんです」

 瑞希は女の子だ〜と凄く嬉しくなった。こう言うのが家庭的な味を作るんだろうな〜なんて人間じみた事を思ってしまう。

 それに比べて、自らのがこれだと見せるのは躊躇われる。が、それもまあ、女医の生活だし文句は言えない。が、一つだけ瑞希が食べられない物が存在する事に気が付く。それは……ピーマン。野菜炒めの中にピーマンが入っているのである。

「あら、その卵焼き美味しそうね。先生のこの野菜炒めと交換してくれないかな〜?」

 なんて言ってしまう位嫌いだったりする。

「え? はい。良いですよ?」

 雛は少し小首を傾げて頷いた。それは交換して食べたてみたいと思ったからそう言ったのか? それとも、この選り分ける様に箸でお弁当の蓋にごまかす様に他の野菜もちょっと入りながら渡してくるピーマンが嫌いなのか? それが疑問だったからである。

「あの……先生。もしかしてピーマンお嫌いなんですか?」

 雛は瑞希に気付かれた? と冷や汗を垂らすような台詞を口走った。

「あはは〜そんな事無いわよ〜? 風邪にはこういう野菜炒めが一番良いのよ! そう言う栄養面も考えて先生は交換を……ね?」

 恥ずかしい一面を見せるわけには行かないのに、こうしどろもどろになるくらいこのピーマンって奴は瑞希の口には合わない。

「? そうなんですか。知らなかったな。あたし……でも、先生がそう言うのでしたら、頂きますね」

 雛は、そんな慌てた瑞希ににこっと笑いそして口に運んだ。

「あ、美味しいですね。先生お料理お上手です」

 雛はコロッと笑った。瑞希はホッと胸をなでおろす。そして、そんなホッとした所に一人のお待ちかねのお客様が保健室のドアをガラリと開けて現れたのである。

「雛!」

 そう、玲於奈である。

 これには、瑞希自身待ち兼ねていた事ではあるが、こういう時に逢うのは如何であろう

? と思ったりもする。どちらかというと、玲於奈と二人きりで話がしたいところだ。

「あ、玲於奈ちゃん……」

 雛は、朝の様なあの陰りのある表情は消えているが、それでも、玲於奈と話し合わないといけないというその考えは心に秘めている。

よって、この玲於奈とは二人きりで逢いたかったのかも知れないなと瑞希はチラリと考えた。

「あ、先生とご飯食べてるんだ……? もう平気? 辛くない?」

 玲於奈は、一度瑞希を見てから雛に視線を注いだ。

「あ、先生。用事が出来たわ。職員室に行かないと行けなかったの忘れてたんだよね〜石川さん、お弁当持って来てるようだから、二人でお食べなさい。此処は教室より温かいし良い環境よ?」

 瑞希は、二人きりにする事にした。その方が良いだろう。だからそう言った。

「そうですか。では、先生の代わりに私が此処で昼食を摂らせて頂きます」

 玲於奈は、静かに頭を下げてそう言った。

「ええ。ごゆっくり」

 瑞希は少し照れくさそうに笑い、お弁当を片すとそそくさと戸棚のある薬を取り出しドアの方へと歩いた。

「……先生? すみません。そして色々と……ありがとうございます」

 それは、すれ違う際に玲於奈が言った言葉。今こういう表情で雛が居られるのは、瑞希のお陰であるのだとそう悟ったらしい。あの時の自分ではこういう雛をみる事は出来ないでいたかもしれない。よって、

『ありがとうございます』なのであろう。

 しかしその言葉は聴こえない振りをした。それが一番良いだろう。瑞希はそのまま女医の体を職員室へと向けたのである。

 

『さて、心転換しようか』

 瑞希は、体育館の倉庫まで走り切ると、そこでさっき取り出した薬品を一粒飲む。それは睡眠薬である。きっと、女医はそのまま暫く眠った状態のままで居るはずだ。その背後にこんな事が繰り広げられているとも知らず。

 それに関しては申し訳ないと思うが、瑞希にとってはこれがお勤めとしての一つの方法でもある。

『よっ!先生? まだ独身だって事だけど、

良い人見つかるように祈っておくぜ! じゃあな〜』

 全く身勝手な見習い天使様であるものだ。


「何ですって!」

 保健室に戻った瑞希が始めて聴いた言葉はこれだった。それは、驚いたという意味合いで発せられた言葉ではない。何を莫迦な事を言っているのという窘める声のトーンであった。

「だからね、玲於奈ちゃん。あたしはこの学校を辞める事にする。で、他の学校に編入する事にしたの」

 それは真正面から向き合った言葉であった。

「辞めて、編入して、そこでやり直すの。もう決めたの。家に帰ったらお母さんや、お父さんにもそれを相談してみる」

 その言葉に、玲於奈はワナワナと、体を震わせた。

「逃げるっていうの? こうなってしまったから此処から、皆から蔑まれてスゴスゴと……そんなの、悔しいじゃない!」

 玲於奈は、そんな事で自分達の非を認めるという事が許せないのだろうか? これは、誇りの問題でもなんでもないだろうに……

「玲於奈ちゃんは、この結論を駄目だと言うの? あたしはそれで良いと思ってる」

 雛の言葉に、玲於奈は雛自身の考えを確かに感じ取った。これは自分を好きだから、他は何も要らないと言っているのだと。それは嬉しい。雛の純粋に自分を好きで居てくれるというその気持ちは。だけど、それが正しいの? という疑問がふつふつ湧き上がってきているのだ。それは、もっと最善手が有るというそういう気持ちから来るのかもしれない。

「噂なんて、時間が解決してくれるかも知れないんだよ? 今この学園を出てしまったら、

得られる何かがなくなってしまう。それは、雛にとって大切な何かかもしれない!」

 玲於奈は、この事をプラス方向で考えたいと思っているらしい。

「でも、あたしが此処にいると、玲於奈ちゃんにとって辛い日々が来る事にもなる。あたしはあのクラスに行くことは出来ないもの。だからこれが最善手」

 雛は、真剣にそう言い切った。

「私は大丈夫。辛いなんて思わないから。原因を作ったのは自分にあるんだから……でも、雛を苦しめる事になった事は謝らないといけないことだけど、此処で雛が耐えないとこれから先もこういう事があったら逃げ続ける事になるんだよ」

 瑞希は、そこまで考えてはいなかった。人それぞれ考えている事は計り知れない物だ。確かに此処で引いてしまったら、未来に辛い事があったら、また逃げてしまう。それの積み重ねになったならば、行く末はたった一人の玲於奈しか居ない事になる。

「でも、玲於奈ちゃんが居るじゃない? あたしには……」

 それは雛の甘えになる。そう多分今の玲於奈は返すだろう。実際そう玲於奈は言った。う〜ん。奥が深い……

「甘えちゃいけないの? 玲於奈ちゃんにとってそれは、足手まとい?」

 雛は、曇った表情で問い掛けた。

「甘えてくれるのは嬉しいよ。私は雛が好きだもの……でも、それとこれは別! 此処で逃げないで! ちゃんと真由美さんと向き合って! 真由美さんは、雛……貴女が好きなのよ!」

 あ〜終に言ってしまった。これは言うべき事なのだろうか……瑞希はハラハラしながらそれを見守った。

「!」

 雛はその言葉を聴いて、一瞬絶句した。有り得ないと……そして、ボロボロ泣き始めたのである。だけど、ここで優しく接するのは雛の為にはならないと玲於奈は悟ったのだろう。先を続ける。

「雛は、気付かなかったのかも知れないけれど……あそこまで過保護に接してきた幼馴染って不思議だと思わなかった? 大事過ぎたのよ。その反面、今回の事が露見して、彼女はこういう手段を取った。それは、嫉妬に切り替わったの」

 玲於奈は、そこで一度言葉を切ると目を閉じた。言いたくない事も全て打ち明ける事にした。そんな覚悟を決める直前の様に。そして口を開く。

「私が、雛から身を引いたのは、真由美さんという幼馴染が居れば雛はそれで良かったのかも知れないと思ったから。でも、私がこの学校に編入して部活で雛に出会い好きになったために、彼女はその後色々私と口論になった。どちらが雛に必要か? それを言い合うようになった。これは雛の居ない所で有った事だから言えなかった。だって、そんなこと二人とも言えるはず無いもの」

 玲於奈は視線を下に向けてその続きを唱える。

「そして、勝手な私達の判断で、賭けをしたの。雛に好きな人が居るかどうか? それを尋ねられたら負けだって……そう、そんな事を問われるのは実際仲が良いからという考え方もあるかもしれない。だけどあの時の私達は、そういう事を聞かれるという事は、その相手を対象としてみてないからという考えで片付けられるからというそう言う事になってたの。だって、三人とも女の子なんだから……」

 そう言って、此処で雛に話してしまった事に罪悪感に(さいな)まれ玲於奈のハスキーな声が涙声に変わった。

 そんな話が真由美と玲於奈の間でなされていたなんて……雛は、自分の愚かしさに絶望しそうな気持ちになる。でも、それを今聞いたことで、此処で逃げるのが、もっと愚かしい事に感じたのだろう。

「ごめんなさい……ごめんなさい……どんなに謝っても、あたしの言葉では足りないよね

? 何でこんな事になっちゃったんだろう……あたしが鈍感だから? 自分勝手だから? それでも、二人を傷つけたその気持ちをどうすれば良いのか……判んないよ……」

 雛は、溢れてくるその涙を両手で何度も何度も拭いながら謝った。

「あたしに出来る事は……玲於奈ちゃん、何だろうね? どうすれば良いんだろう?」

 呟きながら嗚咽している。瑞希はいたたまれない気持ちになった。どれも不毛。でも、純粋すぎる気持ちは三人共にあったんだと思うと、天使様としての心は締め付けられる。

「これからお弁当を食べ終わったら雛は教室に行って。そして、真由美さんとちゃんと話し合って欲しい。私が入るとまた要らない事を言ってしまうかも知れない。なら、一番良いのは、雛が直接気持ちをちゃんと伝える事だと思う」

 玲於奈は、自らの気持ちを殺して、そう言ったのであろう。それは、意に属さない事だと顔に出ていた。

 真由美と雛が二人きりで話せるそんな事が可能なのであろうか? 玲於奈ならそれを堂

々と出来るであろう。雛に対して一直線だから。でも、雛は? 雛にとって、重い十字架のように感じられている今、真由美とどう向き合えば良いのであろうか? そんな事想像できないであろう。

 そう、だからこそ、玲於奈の顔は辛そうなのだ。瑞希は、人間という生き物が本当に不思議な存在に感じられてならない。そして、複雑でもろくて……そして、一人では生きられないそんな生き物。だからこそ、気になる存在なのだろう。

全く神は罪な事をなされる。それでも、天使様として、瑞希は存在している訳だ。なんとまあ、この世は奇奇怪怪。

 そんな事を考えながら、瑞希は、この後雛がどう返事するのかを待つ。この雛がどう行動を起こすのか? それが、この雛、玲於奈、そして、真由美のこれから先に繋がる。未来はどう動くのだろうか?

 こんな風に宙で翼を駆使しホバーリングで、静かに見守っている瑞希。その瑞希の耳に、泣くのを止めた雛の言葉がこう届いた。

「玲於奈ちゃん。判ったよ。これから先はあたしの問題だね。真由美の事をまるで理解していなかったあたしの……だから、ちゃんと話し合って来るよ。逃げないで、自分自身真由美と向き合ってくる。だから、玲於奈ちゃん……待っててね?」

 雛は、真剣な目で玲於奈を見つめていた。だから玲於奈も、

「判ったわ。待ってるよ、雛」

 此処で頭を撫でたいと思って差し伸べたその手をグッと止めて、お弁当に触れる。

 きっと雛は、それを玲於奈にとっての愛情だと思ったに違いない。甘やかすだけではなく、強くなるための魔法。それなんだと。

 それから数分後、雛はお弁当を食べ終わると、そのお弁当箱を片付けそして立ち上がった。

「じゃあ、行って来るね」

 それだけ告げて……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ