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Amour  作者: 星河 翼
2/12

#2 瑞希のキューピット

 石川玲於奈。十五歳。少し陽に透けると、金色に見える茶髪。そして、腰までありそうな髪の毛を惜しげもなく綺麗に切りそろえ、今、英語の授業中窓辺の最前列で英訳していた。スッと吊り上った目元。そして、きりっと引き締まった艶のある口元が印象的で、それが勝気さをかもし出している。

 流暢に英訳をさらりと終わらせその玲於奈は、席に着いた。

 その席の上空で、天使の羽根を広げ瑞希は行動を見守る。

 ノートには丁寧且つ必要事項について色ペンを使い分け纏められていた。

『ふーん。真面目な奴ではあるんだな。勉学においては』

 瑞希は、クールでプライドの高そうなその玲於奈にほんの少し感心する。

 そんな玲於奈であるが、席に着くと同時に肘を突き、気づかれないようにと配慮しながら視線は窓の外の校庭に注ぐ。瑞希はその些細な行動を見逃さなかった。

『校庭に何か有るとでも言うのか?』

 瑞希は、羽根を操りその校庭を見た。

 その先には、体育をしている二年B組の女生徒達が、百メートル走をしていた。

『二年B組と言えば、桂雛がいるクラスじゃねえか?』

 瑞希は、その校庭の様子を見ながら、玲於奈にも目を見張った。

 順番からすると、次は桂雛がスタートする番。そして、そのスタートは程なく切って落とされた。

 桂雛は余り運動が得意ではないようで、後ろから数えた方が早い地点にいる。そんな雛を、玲於奈は慈しみにも似た視線で見守っていた。

『へえ〜こういう表情も出来るんだ?』

 瑞希は、玲於奈に意外な面を見た気がした。

 がしかし、そんな雛をこっそり見つめる玲於奈が、ごく小さな動揺の表情を見せた。

『何か有ったのか?』

 瑞希は、直ぐ様もう一度校庭を見た。そこには、右足を抱えて蹲っている雛の姿があった。

『何だ? 怪我でもしたのか?』

 瑞希は、小さな体を丸めてゴール前で座り込んでいる雛に注目した。小柄だからそれが余計に痛々しく感じられる。

そんな雛に、周りの女生徒達は、駆け寄って行った。暫くすると、女生徒の一人が、雛を抱えて校舎内へと駆け込んでいく。

 そんな様子を玲於奈は、動揺からちょっと寂しそうな表情へと注意して見ないと判らないくらいほんの少し顔色を変えた。

『ふーん。こういう一面もあるのか。心配してるんだな。で、少しだけ焼きもちか? クラスも違えば学年さえも違う。もしあそこにこの玲於奈が居たならば、あの運んでいる少女はきっと玲於奈なんだろうぜ。でも、この二人の共通点とは一体何だ?』

 そんな玲於奈からの視点を垣間見た瑞希。そして一度玲於奈という人間を整理しながらも浮上した疑問を調べなければならないと瑞希は、

『さて、此処は良いとして、桂雛の様子でも見に行くか』

 この教室を離れ保健室へと翼を羽ばたたかせる。二人の接点を探るために。


「どんな感じ? 足首の方は……」

 雛を、運んできた一見ボーイッシュな背の高い女の子は問いかけた。

「ありがとう。真由美。手当もしてもらったし、授業に戻って良いよ? あたしの事は、心配しなくて良いからね。暫く此処で休んでいるから」

 雛は、保健室で、女医さんにシップ薬を張って貰ったまま椅子に腰をかけ、左足首を擦りながら真由美というその子にコロッと笑いかけていた。

「そう? じゃあ、しっかり安静にしててね。次の授業が始まる前に迎えに来るからさ?」

 真由美はちょっとだけ後ろ髪を引かれる様な想いで目配せしてから、少しだけシップ薬の香りがするこの保健室を後にした。

「真由美って、本当に心配性なんだから」

 雛は、クスッと手を口元に持っていき笑った。

「あら? 桂さんと、真由美ちゃんは、幼馴染って聴いたけど、遠慮しながら接する間柄なの?」

 保健室の女医は意外だわといった感じで問い掛けた。

「ええ、そうですけど……何て言ったら良いんでしょうか? 近くに居れば居るほど、相手の事を判り過ぎて、心に壁を作る感じになってしまうんですよね。そんなこと、先生はありませんか?」

 瑞希はこの会話に、関心を持った。仲が良ければ、もっと心を開くものではないだろうか? と、瑞希は思う。よって、この雛の考え方に興味を持った。だって、知って貰いたい。と思うのが当然だから……

 そこで、瑞希はこの会話を利用して、結ぶべき糸を、紡ぐ鍵を握ろうと、女医の体に乗り移った。そう、(チェ)転換(ンジ)。但し、瑞希の中に女医の意識は入っても意識は夢の中。そう、判別出来ないという天使の一種の催眠だ。

「変わった考え方をしているのね。興味深いわ。良かったらもっと話してもらえる? 貴方に興味が湧いたわ、先生」

 女医姿の瑞希は、にっこりと笑いこの場に和みモードを作った。

「そうですね。どう言う訳か、あたしって、仲良くなった後の事を考えてしまうんです。誰だって嫌われたくはないでしょう? それに、時間と共に、仲が良かった人達が、あたしから離れた時の事を考えると、それならば、親密になり過ぎない方が却って辛くならないから良いかなって思っちゃうんです」

 そう言った雛の目はちょっと寂しそうだった。それぞれ人間は、出会う事を望んでも、時間が経つと離れて行ってしまう。それは、社会に出て見れば当然のこと。だから、この雛という人間は一歩手前で心に壁を作り立ち止まるんだと理解した。

でも、瑞希にはその考え方はマイナス思考であり、もっとプラス思考であっても良いと思うわけだ。

「そうかな〜? 先生は、出会いも有れば別れだって有る事が摂理で有るものと思っているけれど、あの真由美ちゃんは、桂さんを大事に思っている以上、そう簡単には離れていかないと思うわよ。勿論最期まで友達でいてくれるとそう感じるわ。それとも、今までにそういった経験があるのかしら?」

 優しく、問いかけた。その答えを雛はどう返してくるであろう? 瑞希はそれを待った。こういった話は、担任にするより、保健室の主の方がしやすいであろう。それに、女医である方が、安心も出来るはず。

「そうですね。先生なら大丈夫かな。小学六生の時の部活で凄く仲の良かった子が居て、あたしの方が年上なのに、何だか凄く庇って貰ってたんです。あたし、こんな感じでドジだから。それなのに優しく接してくれてた。その影響かな? 依存してしまったんです。その子に……」

 年上なのにってことは、真由美という子ではない。それって、もしかしてあの玲於奈? 

 瑞希は、何とか此処に来て雛と玲於奈の接点を見つけられた。とそう思った。確率は九十%位だけど。残り十%は瑞希にとってまた違う誰かなのかも知れないという只の保険。

「依存って、どんな?」

 具体的に訊いてみたい気がする。だから問い掛けてみた。

「えと……そうですね。真由美みたいに幼馴染というわけでもないのに、部活動以外でも会いたくなって休み時間に別校舎まで遊びに行ってみたり。部活動では部活動で、隣に座ってお喋りしてみたり。と言っても、私事というだけじゃなくて、文芸部だったから、本の事とか凄く話しが合ってその事で熱心に話して……話してて凄く気持ちが良かったんです。まるで一緒に育った姉妹みたいで。だけど、あたしの方が子供みたいな発言するから姉と妹が逆バージョンみたいな、感じかな?」

 雛は、そう言って、舌をペロッと出した。

「で、その子とはどうなったの? 喧嘩でもした?」

 瑞希は、その先を促す。今の状態になったその原因。少なくとも、玲於奈は今でも雛のことを想っている。でも、雛は? ただの(トラ)(ウマ)として片を付けているのであろうか?

「喧嘩とはまたちょっと違うんです。自然に離れて行ってしまったって感じで。でも発端はあれかな? 考えてみれば、些細な事なんです。でも、彼女には、知られたくない事だったのかも知れないなって……その……好きな子って居ないのかな〜なんて訊いちゃったんですよね。そういう事を話せるくらい仲が良くなっていたんだとばかりに思ってたんだけど、あたしが思うほど彼女は友達とは思ってなかったみたいですね。次の日からよそよそしい感じになって、話すタイミングも擦れ違っちゃうし……それは、彼女自身がそう意図的にしていたのかもって……不愉快な事だったのかも知れませんね?」

 掛けている椅子の下で痛めてない方の足を少し後ろに引いて雛はそう言った。が、瑞希にはその理由が手に取るように判った。玲於奈は、不愉快だ何て思ってはいなかった筈だ。それより、答えを返す事が出来なかったんだと。本当の事を伝えなくてもそれはそれで良いのかも知れない。しかし玲於奈には出来なかった。嘘がつけなかったのであろう。

 そうなると、そりゃそうだ。になる。好きな相手が、目の前で問い掛けているその雛自身だったとしたら、離れるしか出来ない。

 雛にとっての、玲於奈に対する依存というのがこの話の中だけでどの程度だったのかは計り知れないが、女の子同士で好きとか嫌いなんて感情を持ち合わせてしまった玲於奈にとって、その気持ちを抑えるしか出来ないであろう。それこそ、雛が離れてしまうと恐れてしまうのであるのだから。それが例え、幼い小学生であっても、常識から考えると気持ちが良いものではないであろう。

「先生は、その子がどういう子かは判らないけれど……そうね、不愉快だからとか、依存されているからだとか。そういう桂さん自身に関しての責めとはまた違う事で離れてしまったんじゃないかなって思うの。だって、その年頃の子って、気軽に誰だって訊いてみたくなるじゃない? それに相手に興味が無きゃ、訊いたりしないもの」

 瑞希はそう返した。

「そう言うものなのでしょうか? でも、訊いた瞬間に、訊かれたくない事訊かれたって、顔に書いてたんですけれど……」

 雛は、両の掌をギュッと結びなおしてそう言った。

「それは……どんな顔? ショックだったとか、顔が引きつってたとか……色々あると思うけど? 顔に書かれてたって思うのは、桂さんが、勝手にそう判断して、その後を見てなかったんじゃないのかな?」

 う〜ん。難しい……これは難易度高すぎるぞ! と瑞希は思った。今、雛は玲於奈をどう思っているのであろうか? その辺りも鍵になってくるような気がする。

「固まっちゃった……と思いました。引かれちゃったのかも……そういう話をする人間だ何て思われてなかったのかな? 確かに、彼女は姉御肌な所あったし」

 そりゃ固まるわ……とと、そんなことを素で言えるはずも無いので瑞希は取り敢えず今、雛がどう思っているのかを訊いてみたい衝動に駆られた。

「ねえ、桂さんはその子のこと、今ではどう思ってる? もう、離れて行ってしまった人間は嫌いになったのかな?」

 瑞希は、面倒だと直接手段に切り替えた。

直接手段と言っても、きっとこの雛は、未だ玲於奈のことを友達で居て欲しいと少なくとも思っているに違いない。それは、天使としての勘であるが……

「嫌いだなんて! そんなことは無いです。

今でも彼女の事は夢にまで見るんですもの……何でかな?まだ、仲良くして欲しいなんて気持ちが有るんでしょうか? 未練がましいですね……」

 そう言って、ピンク色した柔らかそうな唇をキュッと引き締めた。それは、乙女の純情とでも言うべきではないだろうか? と思えるほど清らかに感じられ、瑞希は、雛の想いを叶えてあげたいと思わずにはいられなかった。

全く、天使様という者は、心の何処かにこういう感情を持ち合わせているから不思議である。それが例え、お勤めであろうとも。

「う〜ん。じゃあ、桂さん。その子に思い切って逢ってみれば? と言うか……」

 瑞希は、チラリと保健室の入り口に視線を送った。何者かがこの話をし始めた時点からずっとこの部屋を伺っている気配がしたからである。あらまあ……コソコソ何をやってるんでしょうね? 見た目と心の中が全く違う繊細な心を持っている玲於奈ちゃんは?

「ほらそこ! 黙って立ち聞きは無いでしょう。入ってらっしゃい……お腹でも痛くなったのかしら?」

 瑞希は話しながら、保健室のドアをガラッと開いた。そこには、掛けられた言葉に今にも逃げ出しそうな玲於奈の後姿が有った。でも、その後姿の玲於奈の二の腕を瑞希は掴んで引き止める。

「離してよ!」

「え? 玲於奈……ちゃん?」

 雛は、目を丸くしてその椅子から立ち上がろうとしたが、捻挫した足が上手く立ち上がることを拒み、そのままガタンと言う音と共に床に転がってしまったのである。

「雛!」

 その様子を肩越しに見てしまった玲於奈は、瑞希の手を振りほどき、雛に駆け寄った。まるで、十階の建物から落ちたくらいの衝撃を食らったみたいな勢いで。

「大丈夫? 雛! 痛くない?」

 自らの素顔を見せてしまった後でのいい訳等考えてもいなさそうだ。

『礼司! 弓を!』

 心の中で、瑞希は礼司を呼ぶ。直ぐ様礼司は天使の翼を羽ばたかせ、当の二人には見えない姿で瞬間移動をし、この保健室へと現れると、しなった金色の弓と矢を瑞希に手渡す。

『いっけー!』

 その弓に一本の矢を携えると、瑞希はその矢を放った。矢は、七色の光を放ちながら、抱えあった二人の胸を一挙に貫く。すると、二人の体は七色のオーラに包まれ、仄かなる温かい空気に包まれたのであった。

「玲於奈ちゃん……どうして此処に?」

 雛は、有り得ないと言った表情で、目を瞬かせた。その瞳には涙が零れそうなほど下睫に重く溜まっている。

「あ、その……お腹が痛くて……ああ、もう! じゃなくて、雛が心配だったから! その……教室から見てたんだけど、怪我したみたいだったから心配になって……あれ? 何でこんな事話してるの、私……」

 玲於奈は、ハッと今の状況に気が付き抱えている雛の小さな体に回している腕をパッと離して赤面しながら取り繕う言葉を探していた。

「見ててくれてたの? 今でもあたしの事……」

 雛は、逸らそうとしている玲於奈の顔を両掌を使って止まらせた。

「あ、その……だって、心配だもの! 可笑しい? 笑っても良いんだよ……雛から離れて行ったのは私なのに!」

 玲於奈は、挟まれた雛の両掌に熱を送りながら恥ずかしそうにギュッと目を瞑ったまま本音を言った。それを、

「笑ったりしないよ。ずっと見守ってくれてたって判って嬉しいよ。こんなに嬉しい事無いもの。あたしは、玲於奈ちゃんの事ずっと忘れた事無かったもの……うわーん」

 雛はグスグスと鼻を鳴らしながら泣くのを(とど)めていたらしいが、終に大泣きを始めたしまった。

「ごめんなさい。ああ、泣かないでよ〜もうこれだから放って置けないの! 泣きたいのは私だって同じなのに〜!」

 と言いながら、軽く零れ落ちてくる雛の頬の涙を唇で受け止める。それはまるで、瑞希には神様が分け与えた慈悲にも似た光景に思えた。

「ごめんね……私は、雛の事が好きなの。だから、離れなきゃいけないって想ったの! だって変なんだもの! どう考えたって!」

 玲於奈の真っ赤に染まった頬は紅潮しており、こんなこと言うなんて信じられないとでも言うような感情の揺れを瑞希は感じ取った。

「ひっく……あたしも玲於奈ちゃんが好きだよ? 愛してます……たった一人のあたしの大事な……王子様?」

 雛は、心の奥に仕舞い込んでいたその言葉を惜しげもなく引き出しそう言って、ギュッと玲於奈に抱きついた。

「あ、ありがとう……もう離さないんだから。ずっと雛の傍に居るからね? 覚悟しておきなさいね!」

「うん」

 そう言って、玲於奈は雛を抱きかかえると、

「全くおせっかいな先生。私に気が付いてて、あんな話を持ちかけたでしょ?」

 瑞希は、その言葉にしれっとかわした。

「何のことかしら? 不審者を見つけただけよ。さあさあ、授業に戻った戻った!」

 そう、これ以上先のことは、瑞希には関係ない。やるべき事はやった。後は二人の問題だ。

これから先試練は沢山有るだろう。でも、この二人ならきっと大丈夫であろうとそう思わずにはいられなかった。

「この事は、先生の心に秘めておくわ。だから、お幸せに〜」

 お姫様抱っこして、この保健室から出て行く玲於奈は本当に雛の言うとおりスマートな王子様の様に感じられた。

その二人の背中に瑞希は手を振って見送った。二人に幸あれ。そう想いながら……


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