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Amour  作者: 星河 翼
12/12

#12 帰還

 そして辿り着いた先は、只真っ白な空間である。虹の途切れる場所、そこを通り抜ける際海面へと滑り込むようなそんな感覚だった。

「何も無い。空虚だな」

 瑞希は怜羅にぼそっと呟くように言った。

「空虚というにはちょっと違うわね。ほら、聴こえない? 囁くような声が」

 怜羅は耳をその小さな声に傾ける。

『ほら、こんな所に迷い込んだ、人間が居るわよ……不思議ね?』

『きっと、神に特別愛された人間なのよ。でも、この先に進んだら、元の世界なのにね。クスクス』

 白い世界が、霧が晴れていくかの様に一点だけスウッとその先の世界が見えてくる。

 そこは、あの保健室だった。

「お〜い。俺らの周りで喋ってるキミたち。何か知っているか? 出て来いよ〜!」

 亜空間以後、礼司に会った以外他の者との触れ合いが無かった分、これは新鮮な感じだった。

『出て来いですって。どうする〜?』

『でも、私達人間じゃないし、出て行って良いものかどうかなんて判らないわ? 神様はお許しになられるのかしら? かしら?』

 声達がざわざわとざわめき始めた。

「一体どれだけの人数が居るんだよ……」

 瑞希は、そのざわめきに、瑞希と怜羅はしり込みしそうになる。只でさえ視界は目の前に保健室のみ。それ以外は真っ白。そして数知れないというよりも、得体の知れない者達の声のみ。そんな時に落ち着いていられるだろうか? 先ず無理といえよう。

「私達は、元小悪魔と、元見習い天使だったの。それでも出てきてくださらない?」

 怜羅は、素性を簡単に明かしてしまった。まあ明かした所で変わる事なんて無いだろうが。

 すると、一匹の掌サイズの妖精が、真っ白な視界の中からピョコンと興味深げに出てきたのである。

『へえ〜。人間に降格してしまったんだ。それは、大変惜しい事をしてしまったのね?』

 その妖精は、きょとんとした目をして瑞希と怜羅の前に蝶のような羽根をバタつかせて言った。

「惜しい事……なのかな。それより此処は何処だい? 妖精が集う場所なのか?」

 まだ、この場所の片鱗は見えずじまい。只自らの目の前に居るその妖精だけでの判断。結局目に見えるもので確認してしまう。

『あ、ちょっと待ってね。この霧を何とかするから〜』

 妖精はそう言って、さっと手を翳す。すると、霧はすうっと消えてゆき、この場所の全貌が(あらわ)になった。

 緑色の木々。そして、泉の畔に寄り集まる妖精たち。それがこの場所の様子だった。

 意外に狭い空間。でも、久しぶりにあの天界と酷似した世界とは正反対の色から脱出できたようで、色彩の感覚は戻ってきた気分だ。

『さっきの質問だったね。だって天使や悪魔は人間より遥かに生きられるし、緩やかな時の中で生きられるじゃない? それとは異なって人間は、いろんな事に立ち向かい抗ってる、それでもそんな中で得られるものなんて数知れてるのに。ううん、それだけじゃない。得ることが出来ない人達だって居る。そんな人間より遥かに恵まれてるじゃん。それは僕たち妖精だって同じことなんだけどね』

 妖精は、ぺらぺらと人間とはどういうものかを説いた。

 それは、確かにその通りだと瑞希は思った。見習い天使の時に人と人の気持ちを繋げる仕事をしながらも、その人達の行動と気持ちを鑑みると天使や悪魔と違ってほんの刹那の時間に何かをやり遂げようとしていた。それが、どんなに些細な事でも、通りすがりの一つの出来事でも、その人達にとって大事な事であり、意味が有る事なのだと。

 だから、思う。人間で居る事は、一つ一つの事に真剣にならないといけないのだと。

見習い天使で生きていた時、自らは只仕事をこなしていれば良いと思っていた。人の気持ちを大切に思いながらも、それでも心のどこかで退屈していた。それは、天使で居る資格が無かったのではないだろうか?

 自らは、人間になりたかったのではなかろうか? そう感じる。

「妖精さん。この先に行くと、人間の世界なのよね。それは、人間として生きるしかないという事なのよね?」

 怜羅はどう考えているであろうか? 瑞希との考えとは別にあの世界に戻るか、此処で妖精と戯れながら生きることを望むのであろうか。

 だけど瑞希は心の中で人間の世界に進む事を怜羅が望む事を願っていたりする。

 共に人間になって、あの齷齪(あくせく)した人間界で生きることを望んで欲しいと思う。それは願いだ。怜羅と共に……

『そうだよ。此処から先は、人間の世界。そしてあの場所がキミたちが始まる場所なんだ。

だからずっとあのように時間を止めて存在している』

 妖精は、人差し指を立てて念を押すように言った。

「そう。判ったわ妖精さん。瑞希貴方はどう考えてる? 此処。もしくはあの場所に戻りたいと思ってる? 私は、人間になりたいわ。

例え短い時間だとしても、貴方をもっと知りたい。笑って怒って泣いて。沢山の事を貴方と共に感じたい。それに、残してきてしまった界瑠に一言伝えておかないといけないのもある」

 怜羅は、にこっと笑った。もう、それ以外は考えられないというそんなハッキリと前を見据えた表情だった。

「ああ、俺も怜羅と同じだ。人間として暮らしたい。怜羅、キミと共に時間を分かち合いたい。大事な人は一人居ればそれで良いのかも知れない。でも、それだけじゃいけないんだよな。それは自己満足の世界だ。そんな世界だけに止まったら、それこそあの雛と玲於奈の仕事の意味はない事になる。だから、行こう。あの人間界へ……」

 俺達は、一致した答えを導き出した。それは、神にとって、いや、俺達にとって良いことだったのか? そんな事など判らない。だけど、判っている事は一つだけある。あの人間界で、俺達は互いを牽制しながらも出逢った。それは、運命だったのだという事だ。

『全く良くわかんない決断ね。でも、決めたのなら、行っちゃってよ。僕たちに止める権利なんて無いんだからさ? では、さようなら〜』

 気まぐれなのか、それとも淡白なのか。妖精はそう言うと、俺の肩をポンッと叩くと前に進むように指示する。そして、俺と怜羅はお互い手を取り合い、あの保健室へと足を踏み込んだのである。

 それは、まるで、懐かしい世界に帰っていくかのような感覚を憶えた。

 そう、居心地の良いそんな世界に。


「いった〜い!」

 怜羅は、ベッドに顔から落ちた。俺はその上にのっかかる様になる。

『怜羅様〜!』

 界瑠がそんな怜羅を助け出そうと手を差し伸べる。

「ちょっと、瑞希。どいてくれるかしら。かなり体重が私に掛かってるんですけど……」

 怜羅は、顔を擦りながら、俺に向かって言ってよこした。

「あ、悪い。直ぐ退くから……」

 俺はそそくさと退いた。そして怜羅に言った。一応確認の為に。

「憶えてるか?」

 怜羅は、

「勿論よ。大丈夫、後悔なんてしてないから」

 怜羅はコソッと、瑞希に耳打ちした。瑞希はそれなら良いとコクンと頷く。

「界瑠。ごめんなさい。私、人間になってしまったの。だから、魔界に戻る事も出来ないし、貴方を召し仕えることもない。だから、

貴女一人で帰って頂戴。魔界に」

 怜羅は、落ち着いてベッドに瑞希と腰を掛けると話し始めた。

「怜羅様が、人間に……ですか? そんな……これから私は如何すれば良いのでしょう?

リヴィアタン様がこんな私を許してくれるはずなんて有り得ませんよ……」

 界瑠はメソメソと泣き出した。

「ごめんなさい。でも、あなたは戻らないといけないわ。だって、魔界の小悪魔なのですもの。大丈夫。何とかなるはずだわ。私にだけ罰が下らないと言うのは変ですもの。だから、戻りなさい」

 怜羅の言葉とあっては、界瑠もそれ以上の反論は出来ない。それが、怜羅付きの小悪魔のあり方。仕える者は、主人の命に従う物。

「怜羅様がそうおっしゃるのなら、戻ります。

そして、魔界でどんな罰でも受けます」

 界瑠は涙目を制服の裾でゴシゴシ拭いた。「そうだわ。その界瑠の制服、私に頂戴な。

どうせ要らなくなる代物でしょう? 私はもう魔法も使えない身だから、制服を作り出す事などできない。だから、記念にあなたが今着ている服を頂きたいわ。良いかしら?」

 怜羅は、界瑠の気持ちを想いそう言った。 それは、瑞希にも判る。今では怜羅の中に居る礼司ではあるが、もし今此処にいるのが界瑠ではなく、礼司であったならば、何か欲しいとそう言っているだろうと。

「はい!」

 界瑠は、自らに掛けている魔法を、怜羅に掛けた。すると、緑陽学園の制服をまとった。

「ありがとう。じゃあ、お元気で……」

「さようなら怜羅様。これからも見守っております……」

 怜羅は、そう言って、この場から消え去った。

「さて、それぞれの家に帰りましょうか? っていっても、家が自らの家だという確証なんて無いわね……どうしましょう?」

「そこまで神は非情な事はしないだろ? 此処に戻る事を選んだとしたら、それぞれにちゃんとそれなりの家を持たせると想うぜ? きっと俺達が今までいた仮の家がそれなんだよ」

 瑞希は能天気にそう言った。

「まあ〜気楽な人ね? それでも信じてみようかしら? 神様を……」


 その後、二人はそれぞれの家へと帰った。

家はちゃんと実在する。

そしてそれはごく平凡だけど温かい家庭。この世に掛けた魔法は途切れては居なかった。それを神に感謝する。

 そして、二人が走り出したこの人間界で、様々な人としての業を学んでゆくことになる。

 それは楽しい事だったり悲しい事だったり色々あるけれど、二人が生き続ける限り続いていく。

 深い輪廻を潜り抜けた、神から愛されし、人間になった見習い天使と見習い小悪魔のほんの一時の時間。

それは、天使と悪魔だったと言う概念を忘れさせるほどに濃くて深い時間。

瑞希と怜羅の人間としての短い時間はこれから紡がれていく。


そう、そして神は見届けているのだろう。どんな困難な事にも打ち勝つ。そんな者達の行く末を、只見守るかのようにずっと……


GLから見習い天使と小悪魔の異質な恋愛みたいなのを書きたかったのです。愛の形は色々有っても良いと思います。が、困難だよな。普通。

作品的には、一年前のものですが、まあ、伝えたい物をもっと具体的に書ければよかったかなと思うのですが・・・まあ、これはこれで。

礼司に関しては、お気に入りなキャラですが、敢えて、怜羅と融合です。きっと怜羅の中で主人の事を思っているでしょう。もう融合して意識ないですが、無意識に。

怜羅のツンデレぶりは・・・作者の好みという事で^^;

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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