第4.3話 レコーディング3
「では新垣さん、まずはあなたからレコーディングを行います。念のため確認ですが、メロディや歌詞を覚えることに関しては問題ないと伺っていますが、このままディレクションに入って大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
涼しげな顔で新垣が返答したため、ブレスの位置や新垣に求める歌唱の方向性等を一通り説明する。
「こちらから本番前に話すことは以上ですが、何か質問ありますか。特になければブースへ向かってください」
説明の中で新垣は顔色一つ変えなかったことから、特段不安もなさそうだと判断し、形だけの確認をとってレコーディング開始を促す。
「では1点だけ戸松さんにお聞きしたいことがあります。私の歌入れに直接関係するものではないので、後で休憩の時にでもお時間をいただいていいですか?」
「分かりました。全員の歌入れが一通り終わった後、エンジニアさんがチェック用に歌唱データをミックスしてくれることになっているから、その作業中なら」
「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」
新垣は優雅に一礼し、ブースへと入る。
質問の内容が全く想定できず大いに気になるところではあるものの、レコーディングに集中すべく意識をレコーディングに無理やり向ける。
「いやあ、さすがの表現力ですね。この歌唱力とビジュアルならばセンターというのも納得ですね」
レコーディングはすんなりと終了し、エンジニアが感嘆の声をあげる
新垣の歌声には人を引き付ける芯の強さがあり、音程も極めて安定していたことから、録音はスムーズに終えることができた。
「お疲れさまでした。いい感じに歌ってくださったおかげで円滑に録音を終えることができました。すいませんが、次は須川さんに歌入れしてもらうので、呼んできてもらっていいですか?」
「分かりました。では、また後程」
新垣が退室して程なく、須川が入室する。
「よろしくお願いしまーす。なんか千里ちゃんピリピリしてましたけど、結構レコーディングは厳しめな感じなんですか?お手柔らかにお願いしまーす」
新垣の録音ではリテイクもほとんどなく、万事順調に終えられたものと認識していたため、須川の言葉に面食らってしまう。
「いえいえ、新垣さんの歌唱力は流石というほどのものだったので、リテイクも少なく順調に録ることができましたよ。須川さんもそんなに構えないでください」
戸松は慌てて取り繕う。
序盤の応酬で不安を覚えたものの、収録は滞りなく終了し、戸松は安堵する。
須川の歌唱力はやはりメンバー内では突出しており、リテイクもほぼ行う必要がなかった。
「いやー、何とか無事にレコーディングができてよかったです」
笑みを浮かべつつ、全く動じない様子で感想を述べる。
その後、香坂と種田のレコーディングを実施したが、スムーズに終えられたことに驚きの念を抱く。
香坂の歌唱力については問題ないものの、ブリーフィングで一波乱あるかと身構えていたが、ディレクションに対して
「分かりました」
と素直に返答するだけであり、拍子抜けしてしまった。
種田は歌唱力に不安要素があったものの、時間がない状況でも懸命に事前練習をしていたようで、10テイクほどで必要なボーカルデータを採取することができた。
「あー、ようやく一段落したな。このまま終わりになってくれればいいんだがな」
共にレコーディングに立ち会っていた田中が溢す。
4人の歌入れが終了し、現在はエンジニアがボーカルデータをミックスしている。
いくら個別での歌唱において問題がなかったとはいえ、声が合わさると汚い響きになる可能性があるため、ミックスデータのチェックは不可欠である。
(そういえば、新垣さんが何か聞きたいって言っていたな……。今後のKYUTEの方針に関する相談とかかな)
コントロールルームを出て休憩スペースに向かうと、4人が何やら会話をしている。
近づくのもためらわれ、やや離れた位置から新垣に呼びかける。
「すみません新垣さん、遅くなりました。先ほどお聞きになりたいことがあると仰っていましたが、今なら大丈夫ですよ」
「分かりました。では、少し外にでも出ませんか」
他のメンバーに聞かれたくない話のようで、それを察知した他のメンバーも不思議そうに戸松と新垣の両者を見比べる。
「分かりました。そんなに長く時間が取れるわけでもないので、すぐ行きましょう」
他メンバーからの視線に居心地の悪さを感じ、早々に退散する。
「すみません。内密な話と気づかず、あの場で話しかけてしまって」
「いえ、あまり聞かれたくない話だというのを私が伝えていなかったので……」
指をクルクルと弄び逡巡するあたり、よほど話しづらい内容なのかと戸松は訝しむ。
「とりあえず、あんまり長く席を外していても、他のメンバーのみなさんから変に思われるでしょうし、どういった内容かお聞きしていいでしょうか」
「……分かりました。では、単刀直入に。しずく……香坂しずくと戸松さんの間には何かあるんですか?」